英国の揺籃期にある確定拠出年金(DCプラン)市場では、年金基金管理者、コンサルタントおよび資産運用会社は、1つの洋服のサイズでは必ずしも万人にフィットしないという事実を受け入れつつある。DC加入者は各自のライフステージや退職時期に合わせて、それぞれ異なる投資戦略や情報、ガイダンスを必要としている。
DC加入者の異なるライフステージに合った資産配分を決定する上で、年齢は既に重要な要因となっている。しかし、英国の確定拠出年金基金管理者、投資運用会社およびコンサルタントは現在、「責任ある投資」に対する姿勢やリスク選好度といった投資家の嗜好に応じて、年齢以外の切り口で投資家をグループ分けする方法を模索している。
そのため、財務的ウェルネス(英国では、退職後の資産価値を高めることを意味する)は、年金制度スポンサーの間で重要度が増している。これに対し、米国での財務的ウェルネスの取り組みは、負債管理、学生ローン、家計の予算作成といった退職とは違った分野での支援に重点が置かれる傾向にある。市場関係者によれば、英国では、DC加入者の拠出額を増やす一環として、企業は加入者のファイナンシャル・プランニングを支援するツールを作り始めたばかりである。
「良質なデータが集まり始めたため、従業員個人のニーズに合わせた投資ソリューションが当たり前になる時代がやってきている」とロンドンのレディントンLtd.でDCおよびウェルビーイング・コンサルティング担当ディレクターを務めるジョナサン・パーカー氏は述べる。
関係者によると、個人のニーズに合わせるための出発点はDC加入者のプロファイルを作成することだという。資産運用会社は、従業員の退職後の資産価値を高めるため、従業員調査によって財務状況と今後の見通しに関するデータを収集する。資産価値の向上は、DC加入者に対して任意拠出金の増額を奨励したり、DCプランのデフォルト戦略の再検討をしたり、デフォルト・ファンド以外の優良なオプションを作成したり、あるいはこれらを組み合わせることによって達成できる可能性がある。
年金基金管理者は、従業員のプロファイルやデフォルト・ファンドを熟知する必要性を認識したため、従業員調査を実施できるコンサルタントや資産運用会社を採用する例が増えている。
例えば、レディントンLtd.では、金融工学を駆使して従業員のための新たなデフォルト投資オプションを策定しつつある。ただし、パーカー氏は具体的な企業名やプランの詳細については明言を避けた。
パーカー氏は、「最初に従業員とその雇用主を調査した後、現在では、分散投資をより多く取り入れ、加入者がより多くのアクティブ戦略にアクセスできるデフォルト・ファンドを設計している」と述べた。
さらに、「この作業を通じて、より高いリターンを得るためなら手数料を40%余計に支払ってもよいという加入者がいることも分かった」と付け加えた。
しかし、正確かつ全体的なデータセットを収集する年金基金の取り組みは依然として改善が必要であり、こうした情報をDCのデフォルト・ファンドに組み込むのはまだ先の話である。そうなって初めて、ファンド設計は広く浸透することができる。欧州のDCプランはまだ始まったばかりの市場であり、英国の自動加入ルールは2012年10月から施行されたに過ぎない。
課題の認識
英国で積極的にDC商品の拡大を図っている資産運用会社は、こうした課題を認識している。MFSインターナショナル英国Ltd.で英国の機関投資家ビジネスを担当するマネージングディレクターのマデリン・フォレスター氏は、「DCプランの動向に関する典型的な情報を収集する上での難題は、一部の加入者が依然として確定給付型ファンドを頼りにしている点に起因する」と指摘している。
資産運用会社は単にDC加入者についてよく知らないだけだ。
フォレスター氏は、「こうした年齢グループの加入者がDCファンドへの投資を継続するのか、当該加入者がミレニアル世代の子供を扶養する計画なのか、逆に子供から扶養される計画なのか、我々には分からない」と述べた。
しかし、英国のDC加入者の強制拠出金が4月から給料の1%から3%に引き上げられる中、年金スポンサー顧客は一部のDC加入者が制度から脱退し始めることを懸念しているため、資産運用会社はプロファイル作成作業を完了させるよう取り組みを強化している。
「人々はリターンの力を過大評価する一方、累積投資の力を過小評価している」とフォレスター氏は指摘する。従って、DC加入者に対して拠出を続けるよう促さなければならない。
関係者によると、年金制度を設計する際に、年齢ではなく、投資の選好度や確信度に焦点を当てることも、DC加入者の金融知識やDC制度への関与を向上させる一つの方法である。
リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメント(LGIM)のロンドン・オフィスで確定拠出年金の責任者を務めるエマ・ダグラス氏は、「当社は今年、従業員のプロファイル化の取り組みを強化する予定だ」と述べた。選択肢の一つとして、当初はミレニアル世代を念頭に設計されたESGファンドを他の世代にも広げることが挙げられる。同氏は「LGIMは年内に、他の世代向けに設計された『未来の世界』シリーズで、別のファンドを設定する予定だ」とコメントした。
一部の関係者からは、年金基金管理者が過剰な投資オプションを削除し、制度加入者のために質の高い投資ラインナップを揃える上でも、従業員のプロファイル化は役に立つ可能性があるとの意見も聞かれる。
保険数理とリスク管理に関するコンサルティング会社であるルクセンブルクのPECOMAインターナショナルS.A.でディレクターを務めるフェルナンド・グラムルスは、「人々は市場を上回ることができると考える傾向にあり、会社の年金プランのオプションをさらに増やすよう人事部門に圧力をかけるが、4~5以上のオプションを持つのは意味がない」と指摘した。
一部のDC加入者は、他の経済的負担がある場合、負債管理ソリューションによる支援から恩恵を受ける可能性もある。これは、支援提供者がDCビジネスを拡大する別の方法でもある。
他の選択肢
一部の年金制度にとって加入者に負債管理ツールを提供することは、退職後の収入を十分に確保するために必要な任意拠出金を増やすという点で、積極的な投資オプションを増やすよりも有益である可能性も考えられる。
こうした目的のために、ロンドンの全国雇用貯蓄信託(NEST)は2017年7月、NEST加入者のデータを分析するためにバンガード・グループと提携した。
NESTは、英国の数百万人に上る中・低所得労働者(NESTに加入しなければ、職場での年金制度に加入できなかったかもしれない労働者)を退職年金市場に呼び込むために制度設計された。NESTによって初めて年金制度に加入した加入者もいる。この運用資産総額が20億ポンド(27億ドル)に上る国の確定拠出年金制度は、加入者が直面する経済的負担を理解し、解決のための支援を提供する目的でNESTインサイト・ユニットを設置した。このユニットは、得られた洞察やデータを国際的な学界、金融サービス業界、公共政策等のコミュニティと共有する予定である。
ロンドンのバンガードで英国機関投資家部門の責任者を務めるガビン・ルイス氏は、「財務的ウェルネスは英国ではまだ十分に認識されていない。財務的ウェルネスには退職後のための投資成果という観点だけでなく、制度加入者が人生の目標を達成するという観点もある」と述べている。
制度加入者のプロファイル作成やデータ収集を通して、加入者とそのニーズを十分に考慮することの重要性は、やがて年金スポンサーのフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の一部になる可能性がある。「正式に決定されたわけではないが、その可能性はある」とバンガードのシニア・ストラテジスト、ウィリアム・オルポート氏は付け加えた。