執筆者:ブライアン・クローチ
2020会計年度の米労働省従業員給付保障局(EBSA)の行政措置は、所在不明年金加入者の回復によって再び増加を続けているが、EBSAの捜査担当者が焦点を当てたのはそれだけではなかった。
今年の初め労働省はプランスポンサーおよび登録投資顧問会社宛に、環境、社会、ガバナンス(ESG)をテーマにしたファンドの決定に関する文書を要求する通知の送付を始めた。
法律事務所モルガン・ルイス・アンド・バッキアスLLPのピッツバーグ在中パートナーであるエリザベスS.ゴールドバーグ氏は、「降って湧いたような話だ。2020年に労働省が捜査分野で集中しているのはESG関連のようだ」と語った。
取扱商品にESGファンドを加えたプランスポンサー宛に今年の春送付した行政通知の中で、労働省は「投資決定に責任を負う全ての個人または団体の名前、住所、責任内容」を示す資料を含む多数の文書を要求した。
ニューヨーク地域事務所のEBSA部長トーマス・リチェッティ氏は本誌が閲覧したサンプル書簡の中で、「年金プランの投資選択肢にESGファンドを含めるという年金受託者による選択、加入者と受給者に利益を提供する目的のみに年金プランを慎重に管理するという受託者責任の遵守、そして年金プランを管理するうえで適切な費用を支出すること、に関して 同省はより良く理解したいと考えている」と述べている。
新たな懸念事項
バージニア州アーリントン在住で全米プランスポンサー協議会の事務局長及び全米退職協会の政府関係業務主任責任者であるウィル・ハンセン氏は、最近のESG関連の捜査がプランスポンサーの新たな懸念事項になっていると語った。
「われわれは、プランスポンサーが、すぐに他の訴訟の真似をする法律事務所から訴訟を起こされるリスクに加えて、ESGファンドに関連したファンド選択に関する労働省の捜査というリスクも抱えることを懸念している」と彼は語った。
ゴールドバーグ氏よると、最近のESG捜査で同省が問題となる事項を発見し、または何らかの回復を行なったという認識はないとのことである。しかし、捜査開始直後に労働省は、米従業員退職所得保障法(ERISA)年金の受託者は投資利回りを犠牲にする、または追加のリスクを負うESGスキームには投資できないとする規則を提案した。30日間のコメント期間中に退職年金業界からの厳しい批判を受け、労働省が10月30日に発表した最終的な規則では提案にあったESGの文言を撤回し、代わりにERISA年金の受託者に投資利回りを犠牲にする、または追加のリスクを負う「非金銭的な」スキームに投資しないよう要求した。
労働省の広報担当者は、ESG捜査活動や、その結果として何らかの行政措置が取られたか否かに関する質問には回答しなかった。
ワシントンを拠点とするフェイガードリンカー・ビドル・アンド・リースLLPのパートナーであり、ジョージW.ブッシュ政権でEBSA担当の元労働次官補を務めたブラッドフォード・P・キャンベル氏は、ESG捜査を野球の「ブラッシングボール(打者を威嚇するための内角球)」に例え、「投資先は慎重に選択すべきであり、ESGだからという理由で特定の投資に肩入れしてはならないということを労働省は改めて認識させたかったのだと思う」と語った。
新政権が特定の問題にどのように取り組むかを予測するのはいつでも困難だが、ERISA法専門の弁護士によれば、バイデン次期政権はESG関連の捜査など労働省の行政上の優先事項のいくつかを一新する可能性が高いが、所在不明の加入者など他の優先事項は継続される見込みだという。
ガイダンスの欠如
10月下旬に公表されたEBSAの2020 年度執行数は、ESG固有の調査結果は含まないが、行政措置の継続的増加を正に示している。
同連邦会計年度に労働省は、2019年の20億ドル、2018年の11億ドルを上回る26億ドルを同省の捜査により回収した。労働省のファクトシートによれば、合計でEBSAは基金、加入者ならびに受給者への31億ドルを超える直接支払いを回収し、2019年の25億ドル、2018年の16億ドルから増加となった。
強制措置により回収された26億ドルのうち、概ね15億ドルは不明加入者を含む雇用終了受給権付与済加入者に関するプロジェクトからのもので、この数字は2019年にプロジェクトが回収した15億ドルに沿ったもので、2018年の8億800万ドルを大きく上回る。
不明加入者の問題は、不明加入者をどのように捜索するのが最適で、いつ捜索を慎重に終了できるか知ればよいのかが未だに不確かなため、プランスポンサーの悩みの種となっているとハンセン氏は言う。
『プランスポンサーは引き続き労働省と協働し、この問題が労働省と同じぐらい重要であることに気付いている。』とハンセン氏は続けた。『プランスポンサーが不明加入者をうまく突き止めるべく正確には何をすべきかについて、労働省からプランスポンサーに適切なガイダンスが未だに提供されていないことは残念だ。』
労働省が近年プランスポンサーの調査を行う際はいつも、キャンベル氏または同氏の同僚が認識している限りにおいて、調査は不明加入者に関する質問を常に含んでいると同氏は言う。
プランスポンサーから最大限のコンプライアンスを引き出し、不明加入者に最良の結果を得るために、労働省は『曖昧な基準やためらいがちの執行強制のようなものではなく、指し示すべき明確な基準かつ普遍的に採用されるもの』を提示すべきだとキャンベル氏は付け加えた。
次期政権ではそういったガイダンスが示されることをハンセン氏は期待している。
大改造?
強制措置がトランプ政権下で増加し続けたことは驚きだ、とワグナー法律事務所のセントルイス在住パートナー兼最高執行責任者であるであるトーマス・E・クラーク・ジュニア氏は述べた。
『もし4年前に賭けを持ち掛けられたのであれば、トランプ政権はブッシュ政権に近い姿勢を取るだろうと想定して、賭けに負けただろう。』と同氏は言い、『法令順守には関心があったが、総意としては(ブッシュ政権の)労働省は、コンプライアンスの向上につながるとしても、積極的ではなかったろう。』
クラーク氏によれば、トランプ政権は、違反を受けて罰則を科すことに積極的な姿勢を取る、オバマ政権下で着手されたアプローチを継続した。
トランプ政権はESGの調査に集中してきたが、『バイデン政権がこういった調査を更に進めることに焦点を置くかはわからない。』とゴールドバーグ氏は言う。
しかし、執行の焦点を不明加入員に置くことは、労働省にとって大成功であったため、新政権でも引き継がれる可能性が高いとキャンベル氏は言う。一方、クラーク氏と同様に、キャンベル氏も退職年金の分野は執行の優先順位を見極めるには新政権の人事の成り行きを見守るしかないだろうと締め括った。