出筆者:ダグラス・アペル
世界のトップ300の退職年金基金は、当社とウイリス・タワーズワトソンの「シンキング・アヘッド・インスティテュート」(Thinking Ahead Institute-TAI)が行った直近の年次調査によると、昨年、資産総額が8.9%上昇して23.6兆ドルに達し、過去最高を更新した。しかし、これは前例のない金融緩和の時代に、ほろ苦い終焉を告げることを意味するのだろう。
昨年の堅調な上昇は、2020年に記録された11.5%の急騰に比べれば小さなものだった。2020年には、新型コロナウイルスの大流行がグローバル経済を麻痺させたため、世界中の政策決定者が景気刺激策を過剰なまでに打ち出し、おそらく過大に成功を納めた年であった。
2021年の年末までには、一連の大規模な景気刺激策がインフレ圧力を解き放ち、2月にはロシアによるウクライナ侵攻がインフレ環境をより一層悪化させた。過去10年間で最大の価格上昇は、各国の中央銀行に緩和から引き締めへと金融政策の転換を余儀なくさせた。米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は8月26日のスピーチで、FRBが3月以降実施してきた政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートの2.25%引き上げは、米国のインフレ率(7月末時点で8.5%を上回る)がFRBの目標水準である2%まで戻らない限り、今後も引き締めを継続する、と強調した。
政策の180度転換がもたらす2022年の暗い市場見通しの中で、基金の管理者は退職年金基金の資産総額が昨年最高額を更新したことを祝ってはいられない、とTAIの幹部は述べた。
「これは一時代の終焉です」とTAIのロンドン拠点で共同責任者を務めるマリサ・ホール氏は指摘した。「いつまでも低金利時代が続くと語っていたのが突然、年金基金の評議員たちは低利の資金などはもうないという事実に直面し、今後はどこからリターンを確保していくかを、新たに考えなければならない」と同氏は語った。
高インフレ、金融引締め、金利上昇という環境へのパラダイムシフトは、多くの年金受託者に対して、彼らの選択肢について再考を促している。何故なら、株式がリスク資産配分のニーズに対する単純な回答ではなくなっているからで、判断が難しい立場となっている、とホール氏は付け加えた。
8月26日のパウエル議長の厳しいスピーチを受けて、S&P500指数は4,057.66へと3.4%の大幅下落となった。これにより、米国株式ベンチマークは2022年年初来の下落率は約15%となり、一方、それまでの3年間はそれぞれ26%、16%、28%の上昇であった。またMSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス(MSCI ACWI)も今年の年初来では17%の下落となり、暦年ベースの各過去3年間の上昇率はそれぞれ18%、16%、26%とプラスであった。
退職年金の管理者が今後どのようにポートフォリオの位置付けを選択するか、その変化の幅はかなり大きいと考えられるが、今年の厳しい状況においても、プライベート市場への投資需要の高まりやサステナビリティへのこれまでにない注目の高まりなどの、最近のトレンドが継続しているように見えるとTAI幹部は述べた。
退職年金基金の加入者はESGやサステナビリティの分野にこれまでになく注目しており、より厳しいマクロ経済の背景のもとで、年金受託者にますます複雑な課題を突き付けながらも、「ESGの流れ(ESG Train)」は順調に進行していくだろうと、ロンドンを拠点に、TAIのリサーチ担当アソシエイト・ディレクターを務めるサマー・カーナ氏はインタビューで指摘した。
大規模な年金基金は、「ユニバーサル・オーナーシップ・マインドセット(universal ownership mindset)」の採用を増やすようになってきている。これは彼らが求めるリターンは、機能しているシステムから得られるのであるから、そのシステムを強化する役割を彼らも果たさなければならない、という認識に基づくもので、ホール氏も同意見である。
例えば、システムのレジリエンスについて取り組むということは、投資している企業に働きかけ、より良い企業にすることによって、より良いリターンを創出し、「年金受給者が住みたいと思う世の中を提供できる」ようになって、フルサイクルが完結するのである、とホール氏は述べた。
ESG関連の課題への取組みについて、地域ごとの違いが最近ある程度顕著になってきている、とTAI幹部は述べた。
ESGを積極的に推進している欧州とは対照的に、米国の州、例えばフロリダやテキサスにおいては、政治家が年金基金の理事にESGファクターを考慮しないように圧力をかけるなど、最近、このテーマの政治化が進んでいると、ホール氏は指摘する。
そのような逆風は、将来的には障害というよりは有益になりうる、と同氏は述べた。それは、サステナビリティが「止められない動き」であるからだ。極端な考え方の変化に対応するには、現在米国で行われているような議論は健全である。なぜなら、「議論の強固さを常に検証する必要があるからで」、さもないと議論の正当性を損なうリスクがあるからだ、と同氏は付け加えた。
バックミラーに見る良いニュース
もし将来が不確実であるとすれば、潮目が引き続き堅調でほとんどの年金基金が恩恵を被っているのであれば、最近の調査で退職年金資産が8.9%増加したことは「年金基金にとって、ちょっとした朗報である」とホール氏は語った。
最新のトップ300のランキングで、東京を本拠とする年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のポートフォリオは円建てで二桁の上昇率だったが、昨年の対ドルでの円安の結果、ドル換算では完全にリターンが相殺された。それでも、世界最大の退職年金基金の地位は維持したが、ドル換算でGPIFの資産総額は昨年、1.73兆ドルと0.6%の上昇にとどまった。
これにより、オスロを本拠とするノルウェーの政府年金基金グローバル(GPFG)は、1.44兆ドルとドル換算で10%資産額を増加させて第2位を維持し、ランキングトップのGPIFとの差を前年の4,000億ドルから3,000億ドルへと縮めた。
韓国の全州を拠点とする国民年金公団(NPS)が7,980億ドルで第3位を維持し、通貨ウォンが対ドルで10%近く安くなる中、4.3%の増加となった。米国ワシントンDC拠点の連邦退職貯蓄基金が19%増の7,742億ドルで4位を維持し、オランダのヘールレンを拠点とするオランダ公務員総合年金基金(ABP)が3.8%増の6,304億ドルでそれに続いた。
データは、米国の基金が2021年9月30日時点、米国以外の基金は主に2021年12月31日時点のものである。
オーストラリアンスーパーが20位入り
上位20位以内で昨年から入れ替えとなったのは2年金基金だけだった。
オースティン拠点のテキサス州教職員退職年金基金は、21%の資産増で1,967億ドルとなり、前年の21位から17位にランクインした。
また、メルボルンを拠点とするオーストラリアンスーパーも、8.2%の資産増で1,691億ドルとなり、前年の22位から20位へと順位を上げて、23兆ドルのオーストラリア年金業界の中で初めて最大手基金の仲間入りを果たした。
先週の「業界の動向」調査では、近年のオーストラリアにおける「注目すべきスーパーアニュエーションファンドの統合」にオーストラリアンスーパーを取り上げたが、この同国最大の基金は積極的にM&Aに取り組んでおり、最近では昨年12月にシドニー拠点のクラブ・プラス・スーパーファンドの会員および32億豪ドル(22億米ドル)の資産を吸収し、今年6月にはメルボルン拠点で60億豪ドルの資産を擁するLUCRFスーパーファンドを取り込んでいる。
こうした新規参入組に席を譲ったのは、インドのニューデリー拠点の従業員積立基金(資産が25%減少して1,450億ドルとなり、前年の16位から28位へ)と、デンマークのヒレレズを拠点とする労働市場付加年金(ATP)(ドル換算で12%の下落により19位から24位へ)の2つであった。
上位20位以内の米国の7基金はいずれも好調な資産の伸びを示しており、16.6%増だったサクラメント拠点のカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)― 資産額が4,968億ドルで6位を確保― から、21%増加で資産額が3,139億ドルとなったカリフォルニア州教職員退職年金基金(CalSTRS)― 11位のポジションを維持 ― まで、安定した資産増加幅だった。
CalPERSに6位の座を譲って8位にランクを落としたのは、北京の全国社会保障基金で、ドル換算で資産額を9.3%減らし、推定4,068億ドルとなった。
それ以外に上位20位以内で資産がドル換算で減少した基金の中には、クアラルンプール拠点のマレーシア従業員積立基金(EPF)があり、2.3%減の2,426億ドルだったが、この一部は新型コロナウイルス対応として、加入者が退職積立金の早期給付を受けられる制度が設けられたことも影響している。資産が減少した基金のもう一つは、モスクワ拠点のロシア国民福祉基金(Russia National Wealth Fund)で、1.3%減の1,807億ドルであった。
最新の上位20基金の昨年末の運用資産総額は9.68兆ドルであり、上位300基金の運用資産総額の41%を占めているが、この割合は1年前の41.8%からは僅かに減少した。上位300基金の運用資産を合計した23.6兆ドルという数字は、TAIが推計する全世界の年金基金の運用資産総額である56.6兆ドルの41.7%を占め、前年度の41%から僅かに上昇した。
地域別の資産配分比較
通貨高という好条件に加え、北米の年金基金の昨年の好調さは、米国のベンチマーク株式指数が好パフォーマンスを記録する中で、株式の比率がかなり高かったことも一因だ。
調査によると、上位300基金では、北米の基金が平均54.7%を株式投資に配分していたのに対し、アジア太平洋の基金では49.8%、欧州の基金では48.8%だった。
対照的に、債券への投資配分をみると、アジア太平洋の基金が41.6%と最も高く、欧州の基金の39%よりやや多く、最も低い米国の基金の19.6%の倍以上の配分となった。
オルタナティブ投資に関しては、北米の基金の配分比率は25.6%となっており、12.1%だった欧州の基金の倍以上、8.7%のアジア太平洋の基金に対しては、ほぼ3倍だった。
上位20位以内の欧州基金の平均株式投資比率は59.2%となっており、北米の上位基金の56.1%や、アジア太平洋の上位基金の48.8%を押さえて最も高い配分となった。
大型のアジア太平洋の基金は、債券への配分比率が加重平均で45.5%となっており、欧州の29.8%や、16.1%に過ぎない北米を大きく引き離した。
米国の7大基金はポートフォリオの27.8%をオルタナティブ投資に充てているのに対し、欧州の基金は10.9%、アジア太平洋の基金は5.7%であった。
退職年金プランのタイプとしては、確定給付型(DB)が上位300基金全体の63.5%を占め、前年の63.4%からは僅かに増加となった。一方、確定拠出型(DC)は23.8%で、前年の23.9%から減少した。
政府が将来の年金コストをカバーするために積み立てている積立金資産は11.9%から低下して11.8%だった。DBとDCを含むハイブリット型は合計で0.9%と、前年の1%からやや減少した。
DBの比率は北米が72.7%と最も高く、次いでアジア太平洋の65.2%、欧州の51%となっており、前年の数値はそれぞれ73.7%、64.7%、51%となっていた。
同様にDCの比率においても北米が一番高くて27.3%、アジア太平洋が25.8%、欧州が11.2%だった。2020年のこれらの数値は、各地域がそれぞれ26.3%、25.8%、11.2%であった。
上位300位中の欧州基金に占める積立金資産は34.4%だったが、これはアジア太平洋の基金の9%と比べると4倍に近い水準である。