執筆者:クリスティーン・ウィリアムソン
ヘッジファンド・マネジャーは、新型コロナウイルスによるパンデミックをきっかけとした多岐にわたる混乱を利用して、様々な株式、債券、セクターならびに地域にわたる投資機会を見出し、6月末までの1年で高いリターンを生み出した。
機関投資家向けヘッジファンド・マネジャー107社を対象とする、当社の第12回年次ヘッジファンド調査データによると、ほとんどすべての戦略分野でヘッジファンドのリターンは12カ月間でプラスとなり、全世界のヘッジファンドの運用資産残高(AUM)は1兆3,100億ドルに上昇した。
2021年ならびに2020年の当調査にデータを提供してくれた89社のヘッジファンド・マネジャーが運用する資産は14.2%増加し、6月末時点で1兆2,500億ドルとなった。
一方、2020年6月末までの1年間では、同じ運用マネジャーによって運用された全世界のヘッジファンドAUMは、同年の当社のデータによると7.6%の減少であった。業界情報筋も、ヘッジファンド・マネジャーにとって2021年が例外的な年であったことを認めている。
各国の財政刺激策に支えられて「加速して成長を続ける世界経済からの圧倒的な追い風を受けて、ヘッジファンド業界にとって6月までの年度は好調な1年となった」とウイリス・タワーズワトソンのニューヨーク拠点で投資ならびにヘッジファンド調査担当ディレクターを務めるビクトリア・ヴォドラスキ氏は述べた。
6月末までの年度では世界的に株価のばらつきが大きかったため、特に米国以外の欧州やエマージング・マーケットで、ヘッジファンド・マネジャーが活用できる良好な投資機会が生み出された、と同氏は付け加えた。
イベントドリブン戦略のヘッジファンドは、年度内にコーポレートアクションが多かったことから好調、またマージャ―・アービトラージ戦略、マクロおよび株式戦略も同様に好調だった、とヴォドラスキ氏は述べた。
「大規模な変調がヘッジファンドのリターンをけん引したことから、投資リターンが多くのヘッジファンド・マネジャーの資産増加に大きく寄与した」、とシカゴを本拠とするヘッジファンドのデータプロバイダー、ヘッジファンド・リサーチ(HFR; ヘッジファンド指数であるHFRIの提供者)の社長を務めるケネス・J・ハインツ氏は述べた。
HFRI総合指数(HFRI Fund Weighted Composite Index)は、2021年6月末までの1年間で27.5%のリターンを上げ、それに対し2020年同期のリターンはマイナス0.5%であった、と同氏は指摘した。ちなみに、S&P500指数は6月末までの1年間で40.8%のリターンを上げ、2020年同期は7.5%だった。
全世界のヘッジファンド業界の総資産額は、今年6月末で新たなピークとなる3兆9,600億ドルに達した。24.5%の資産増加は、6月末までの直近4四半期間で約344億ドルにおよぶネット資金の流入と投資リターンによるものだ、とハインツ氏はHFRのデータを引用して指摘した。
P&Iのユニバースを構成する107社の運用マネジャーのうち64.5%が、ヘッジファンドにとって有利な投資環境により6月末までの1年間でAUMの伸びを記録した。それに対し、2020年同期は46.7%であった。
一方、当社データによれば、調査対象運用マネジャーのうちAUMの減少を報告したのは、今年が15.9%、前年は32.7%だった。また、変化なしと報告した運用マネジャーは、前年の2%を若干下回る水準から、今年は4%を若干下回る水準に増加した。当社ユニバースのヘッジファンド・マネジャーのうち、約16%が新規参加または2020年6月(前年同期)のデータが入手不能であった。また前年の同比率は約19%だった。
業界情報筋では、今年の投資環境がヘッジファンドによる高水準のアルファ創出をもたらす助けとなったと言われている。
「6月末までの1年間では、すべてのヘッジファンド戦略にとって、パフォーマンスが一律に堅調だった。多くのヘッジファンドが各社のベータ目標を上回るアルファを生み出した。この期間でヘッジファンド・マネジャーのアルファは、2008年以降の最高水準となった」と、オルタナティブ投資のコンサルタント会社クリフウォーターでニューヨーク拠点のシニア・マネージングディレクターを務めるダニエル・スターン氏は述べた。
「ヘッジファンド・マネジャーによるアルファ創出は、2020年6月末以降多くのセクターで混乱が起きたことを考えれば、驚くには当たらない」とスターン氏は語った。6月末までの1年間で非常にうまくいったヘッジファンド戦略には、クレジットや転換社債アービトラージも含まれる、と同氏は述べた。
戦略の中では、債券アービトラージと株式マーケット・ニュートラルが相対的に低調なプラス・リターンとなった、と同氏は付け加えた。
インフレや低金利、加えて新型コロナウイルスの変異株に対する各国の取り組み等に関して不確実性が続くとみられることから、ヘッジファンド・マネジャーが生み出した「極めて高いアルファ」は継続する、というのがクリフウォーターの予想である、とスターン氏は述べた。
当社ユニバースのヘッジファンド・マネジャーの何社かは、良好な投資環境にもかかわらず、キャパシティの制約から追加投資の受け入れを断っている。例えば、ニューヨークを本拠とするブラックロックは、全世界でのヘッジファンドAUMが6月末までの1年間で19.3%増の231億ドルとなり、さらに増えるとみられたが、キャパシティの制約からヘッジファンドのいくつかについて新規資金の受け入れを停止した。同社はP&Iのリストで、16位にランクされている。
「6月30日までの1年間に於ける当社の成長の多くは投資リターンによるものだが、新規投資家の需要も強かった」と、ブラックロックのオルタナティブ投資部門でマネージング・ディレクター兼グローバルディストリビューション・戦略イニシアチブの共同責任者を務めるアビゲイル・G・ゲラー氏は語った
同氏は投資家の需要に関する詳細を提供出来なかったが、「当社はキャパシティに大きな注意を払っており、他のヘッジファンド・マネジャーよりも慎重に対応している。投資家がポートフォリオ分散のためヘッジファンドに目を向けていることから、2021年は年初からあらゆる顧客層からヘッジファンド投資への勢いを感じていた。キャパシティの管理をしなければ、当社のヘッジファンドはもっと多くの資金を調達できたであろう」とゲラー氏は語った。
同社が新規投資家の受け入れを停止したヘッジファンドにはエクイティ・ロング/ショート戦略などがあるとゲラー氏は述べ、これらのファンドには「長いウェイティング・リストがある」と付け加えた。
あらゆる種類の投資家からヘッジファンドに対する需要があるのは、債券利回りの低さやインフレに対する懸念が背景だとゲラー氏は述べ、ブラックロックのヘッジファンド・ポートフォリオマネジャーには、イベントドリブン、マージャー・アービトラージ、クレジット、およびエクイティなどの戦略に「投資機会の巨大な波」がきていると指摘した。
グローバルな投資機会が広範囲に及ぶことから、ヘッジファンド・マネジャー間のパフォーマンスのばらつきが大きくなっている、と業界関係者は述べている。
「過去10年間にはなかった程の重大なばらつきがヘッジファンド・マネジャー間に見られる。トップ四分位の運用マネジャーとその他との間には大きなギャップがある。ヘッジファンド・マネジャーは積極的に投資をしており、投資機会は安い価格で調達している。これらの運用マネジャーはクレバス越しに、また国境を超えて投資機会を探し回復を目指しているのだ」とミキータ・インベストメント・グループ(マサチューセッツ州ウェストウッド拠点)のマネージング・プリンシパルでコンサルタントおよびマーケタブルセキュリティー部長を務めるW・ブライアン・デーナ氏は言う。
「6月30日までの12か月間、ばらつきのレベルは非常に魅力的だった。好機を生かそうとするヘッジファンド・マネジャーから多くの問い合わせを受けた」と同氏は語った。
ヘッジファンド・マネジャーにとって投資機会が広範囲にわたることから、6月30日までの1年間で当社が把握している個別ヘッジファンドのAUMの増減幅が拡大した。
ニューヨークを拠点とし、バリューベースの逆張り戦略をとるセンベスト・マネジメントのAUMは、調査回答社中最大となる230.2%の増加となり、6月30日時点で37億ドルに達し、昨年の98位から72位に上昇した。
AUMが最も減少したのはシステマティック戦略をとるロンドン拠点のウィントン・グループで、39.1%減少し6月30日時点で71億ドルとなり、当社の2021年マネジャーランキングで前年の33位から51位に後退した。また2020年6月30日までの年度では46.6%減少した。
両社ともパフォーマンスに関するコメントは得られなかった。
上位マネジャー
ヘッジファンドの調査データ分析によると、上位25社の運用マネジャーが世界中で運用するヘッジファンド資産の集中度は、資産額で8,650億ドルまたは全資産の65.8%であり、前年の比率である65.7%と基本的には同じ集中状況であった。
調査に含まれる上位10社の6月30日時点の全世界における資産額は5,250億ドルで、全AUMの39.9%であり、1年前は36.4%だった。
上位3社の順位が入れ替わり、ニューヨークを拠点とするクオンツ・システマティック・トレーディングを専門とするルネッサンス・テクノロジーズの資産額が17.1%減少して580億ドルとなり、当社ランキングの2位から3位に後退した。
AUMの減少に関してルネッサンスのコメントは得られなかった。
コネチカット州ウェストポイントを拠点とするブリッジウォーター・アソシエイツの6月30日時点のAUMは6.9%増の1,057億ドルとなり、当社ランキング首位を守った。ロンドン拠点のマン・グループは6月30日時点でAUMが前年同日比23.3%増の768億ドルとなり、ルネッサンスを抜き2位に浮上した。同社は当社による2020年の調査では3位だった。
コネチカット州グリニッジ拠点のAQRキャピタル・マネジメントは3年連続でAUMが減少し、6月30日時点で前年比18.7%減の261億ドルとなり、当社のランキングは昨年の11位から14位に後退した。過去の当社の調査データによると、同社のAUMは2020年の調査では47.2%減の321億ドル、2019年では27.3%減の608億ドルだった。
「エクイティ・マーケット・ニュートラル、グローバル・バリュー、コーポレート・アービトラージ、およびアブソリュート・リターンの各戦略の堅調なパフォーマンスにより、ヘッジファンドのAUMは年度上半期に10%近く増加し261億ドルとなった」とAQRは電子メールで述べた。
当社ランキング上位10社のもうひとつの変化は、フロリダ州ウェストパームビーチを拠点とするエリオット・インベストメント・マネジメントがランキングから抜けていたことだ。これは同社が世界中で運用しているヘッジファンド資産額の報告を辞退したためだ。2020年のエリオットのAUMは420億ドルで、当社の運用マネジャーランキングは5位だった。