執筆者:ロブ・コズロフスキ
「ストラクチャード・アルファ・ファンド」が壊滅的な損失を出してから2年余りを経て、同ファンドを運用するアリアンツ・グローバル・インベスターズは、米証券取引委員会(SEC)による調査の結果、同戦略担当ポートフォリオ・マネジャー3名が永年行ってきた、SECのいう「大規模な不正スキーム」の発覚によって、米国から完全に締め出されることとなった。
独アリアンツの米国資産運用子会社である同社は、5月17日にSECの告発に対して有罪を認め、その結果、総額60億ドル超を支払うことに同意した。さらに罪状を認めたことで、今後10年間は米国で登録されたファンドに対する投資助言サービスを提供する資格を自動的にはく奪された後、同社米国事業のほとんどをボヤ・フィナンシャル(VOYA)に売却することに合意したと発表した。これは同社にとってほぼ前例のない事態となった。ボヤは、ボヤ・インベストメント・マネジメント株式の最大24%と引き換えに、約1,200億ドルの運用資産を取得することとなった。
この和解内容には、SECの告発に対する10億ドル超の罰金と、ストラクチャード・アルファ・ファンドの破綻により総額70億ドルを失った投資家に対する50億ドル超の返還金が含まれている。その返還額の大きさは前代未聞だと、ニューヨークを拠点とする法律事務所へリック・フェインスタインで証券訴訟・執行を担当するパートナー兼共同会長である元SEC検察官のアーサー・G・ジャコビー氏は電話インタビューで語った。
「71.4%の回収率だ」とジャコビー氏は言う。「これは大きい。普通なら投資家は1ドルにつき50セントを取り戻せればいいところだ。今回、SECは信じられないような成果を挙げた」。SECによると、ストラクチャード・アルファ・ファンドには総額約110億ドルが投資されていたという。
ニューヨークを拠点とする運用戦略コンサルタントのアンデフィでマネージング・パートナーを務めるダニエル・セレギン氏は電話インタビューで、資産運用ビジネスに絡む罰則について「私が思いつく唯一の先例は、バーニー・マドフ事件だ。この2つの詐欺事件は同列に論じられるものではないが、アリアンツの規模ははるかに小さいし(中略)文字通り、少数の悪質な当事者に限られていたようだ」と述べた。
5月17日にニューヨークの連邦地方裁判所に提出されたSECの訴状によると、この悪質な当事者たちの主犯格は、アリアンツ・グローバル・インベスターズでストラクチャード・アルファ・ファンドの主席ポートフォリオ・マネジャーだったグレゴワール・P・トゥールナン氏だ。SECの告発発表後、同氏はコロラド州の自宅から当局に身柄を預け、現在は連邦裁判に臨んでいる。
同氏に次ぐポートフォリオ・マネジャーであったステファン・G・ボンド=ネルソン氏とトレバー・L・テイラー氏の2名も罪を認め、新型コロナウイルスの世界的大流行によって市場が混乱した2020年の2月と3月にストラクチャード・アルファ・ファンドが被った巨額の損失について、当局の捜査に協力している。
ロング・ショート
アリアンツのストラクチャード・アルファ・ファンドは元々、ボラティリティのロングとショートの両方のポジションを取ることで「将来の指数変動の確率分布について、オプション価格と体系的に一致しない領域」を特定するように設計されている、と同社の2016年9月のプレゼンテーション資料で説明されている。
その投資プロセスは、無価値になる可能性が高いオプションの組み合わせを売って、株式指数が一定の値幅内に収まれば利益が取れるショート・ストラングル(ボラティリティのショート)と、市場の暴落から守るためのヘッジ・ポジション(ボラティリティのロング)、および複数の週間で見て、株式指数の上昇または下落が通常よりも大きい時にリターンを生み出すよう設計された方向性スプレッド・ポジション(ボラティリティのロング/ショート)で構成されていた。
ストラクチャード・アルファ・ファンドの投資家には、シカゴのブルークロス・ブルーシールド協会(BCBSA)のナショナル・リタイアメント・トラストを監督するブルークロス・ブルーシールドの全国従業員福利厚生委員会も含まれている。そのリタイアメント・トラストは、提出された退職給付金の年次申告(Form 5500)によると、2020年1月31日時点で3つのストラクチャード・アルファ・ファンドに29億ドルを投資しており、その損失の合計額は20億ドルを超えていた。
その他の投資家には、10億ドル近くを失ったニューヨークのチームスター(全米トラック運転手)組合員退職年金(TMRP)、9億2,400万ドルを失ったリトルロックを拠点とする資産額212億ドルのアーカンソー教職員退職年金基金、2億8,000万ドルを失ったマサチューセッツ州ウォルサムを本拠とするレイセオン・テクノロジーズの企業年金などが含まれる。
最新のForm5500によると、2020年12月31日時点のBCBSAとチームスターの年金基金の資産は、それぞれ24億ドルと8億5,200万ドルとなっており、レイセオン・テクノロジーズの確定給付年金資産額は当社のデータによれば、2021年9月30日時点で550億ドルとなっている。
十数に上るこれらの年金基金は、いずれも2020年に訴訟を起こし、今年初めに和解しているが、和解金額は非公開である。
一連の訴訟の中でファンド側は、運用担当者がコストを削減するために、ヘッジとして彼らが説明していたよりも「はるかにアウト・オブ・ザ・マネー(ストライクプライスが原資産の市場価格からかけ離れていること)」のプットオプションを購入しており、適切なストレステストも行われていなかったと述べている。
ストレステストに関する嘘
SECの訴状によると、トゥールナン氏は適切なストレステストを実施していたということだ。ただ、彼はそれについて嘘をついていた。
少なくとも2016年1月から2020年3月まで、トゥールナン氏は同ファンドのダウンサイド・リスクについて一貫して投資家を欺いていた、とSECの訴状は記している。
例えば、訴状が引用したアリアンツ・グローバル・インベスターズのマーケティング資料では、ヘッジ・ポジションには「ストライクプライスを(市場価格から)-10%から-25%のレンジにラダー状に積み上げて、市場のさまざまなダウンサイド・リスクを」ヘッジするプットオプションが含まれると指摘している。
資料によると、こうしたヘッジ・ポジションの主たる目的は、10%から15%の下落が5日以内に起こると定義される「短期的な株式市場の暴落」からファンドを守ることであったという。
しかし、訴状によれば、ポートフォリオ運用チームは2018年2月から、トゥールナン氏の裁量のもとに、平均して-30%から-50%という著しく低いストライクプライスの、安価なプットオプションを購入することが常態化し、トゥールナン氏が率いるチームは同月から、ストレステスト・シナリオで算出された損失を人為的に減らして、リスクレポートの改ざんも始めていた。
訴状が言及するそうした改ざんの1つでは、トゥールナン氏は、株式のリターンがマイナス10%、シカゴ・オプション取引所(CBOE)のボラティリティ指数(VIX)が100〜200%の変化となるシナリオで、ストレステストにおける実際の最大損失を34〜38%以下に変更していた。
しかし、2020年3月にはVIXの5日間の最大変化率が151.7%となり、2008年から2009年の世界金融危機の際の5日間の最大変化率55%を上回った。結果、最もアグレッシブなストラクチャード・アルファ・ファンドは90%もの損失を出すに至った。
これらの戦略は、アリアンツ・ストラクチャード・アルファ1000およびアリアンツ・ストラクチャード・アルファ1000プラスであり、アリアンツ・グローバル・インベスターズは巨額の損失を受けて直ちに清算した。ファンド名でストラクチャード・アルファに続く数字表記は、当該投資ポートフォリオに期待されているリターンが、株式指数を上回る追加的なアルファをベーシスポイント(bp)で表したものだ。
その後、トゥールナン氏は、ボンド=ネルソン氏に虚偽の証言をするよう促し、テイラー氏と人気のない建設現場で会い、虚偽のリスク報告や政府捜査官の質問への対応について話し合いを行うなど、SECが言うところの「不正行為を隠蔽するためのいくつもの努力」を行なった。
この不正行為と不正行為に対する隠蔽工作は、SECによる告発だけではなく、ニューヨーク州南部地区連邦検事局がアリアンツ・グローバル・インベスターズおよびトゥールナン、テイラー、ボンド=ネルソンの各氏に対し、同様の行為に対する刑事訴追を発表した。並行して行われた刑事訴訟手続のなかで、アリアンツ・グローバル・インベスターズ、テイラーおよびボンド=ネルソン両氏は、有罪答弁に同意した。
トゥールナン氏の共同弁護人を務めるバックリー法律事務所のパートナー、ダニエル・R・アロンソ氏とリバイン・リー法律事務所の共同創設者セス・L・リバイン氏は共同声明で、「トゥールナン氏を標的とするのは不当であり、同氏はこれらのマーケットイベント発生時には長期療養中であり、また同氏の指揮のもとで、ファンドは過去14年間にわたり良好な成績を上げていた。ファンドに多額の投資をしていたトゥールナン氏自身を含め、複数の洗練された機関投資家がこれらのマーケットイベントにより損失を被っている。今回の損失は遺憾ではあるが、犯罪によるものではない」と述べた。
アリアンツの広報担当者は質問に対し、この犯罪行為は「米国アリアンツ・グローバル・インベスターズのストラクチャード・プロダクツ・グループ内における一握りの個人に限られ、当該個人はもはや同社に雇用されてはいない。司法省の捜査で、アリアンツおよびアリアンツ・グループの他の法人による本不正行為に対する認識ならびに関与は認められなかった」とする同社の声明を引用した。
隠蔽工作
かつてバーナード・L・マドフ・インベストメント・セキュリティーズの被害者代理人を務め、SEC法執行部門の特別検察官であったヘリック・ファインスタイン法律事務所のジャコビー氏は、自身の意見として、SECと連邦検事局がトゥールナン氏を激怒して追求したのは、トゥールナン氏の隠蔽工作が原因だと述べた。
「彼は嘘をつき、政府の捜査を妨害した」とジャコビー氏は語った。「犯罪そのものよりも隠蔽工作の方がはるかに悪質であることが非常に多い。隠蔽工作、捜査妨害、データ操作、証拠の改ざん、といったことが検察側の士気を高める」。
アリアンツにとっては、5月17日の出来事によって2年以上に及ぶ法的な問題に終止符が打たれたが、金融サービス業界において、他の企業に対する余波はまだ始まったばかりかもしれない。
アンデフィのセレギン氏は、米国進出を検討中のある欧州保険会社の例を引用した。このクライアントは同氏に電話をかけてきて、たった今流れたアリアンツのニュースが「締役会を恐怖に陥れた」と語った。
「欧州企業は、母国において『ナショナル・チャンピオン(国を代表する企業)という考え方』に基づく友好的な規制環境の恩恵を受けている」とセレギン氏は指摘した。「(アリアンツの立場なら)ドイツの規制当局とより友好的な関係を築きたいと考えるだろう。なぜなら、相互依存関係にあるからだ。ドイツの規制当局者なら、当然ながらドイツ最大の保険会社が正しい道からそれないようにしようと考えるが、(厳格な規制で)やり過ぎないようにしたい」。
一方、米国の規制環境は厳しいものとなり得る。これまでは、米国に資産運用会社を保有する欧州の親会社にとって規制が障害となることはなかったが、アリアンツのニュースは、そうした米国事業に対する監督のあり方を欧州の企業に再考させるきっかけとなる可能性がある。
「私が欧州にいて米国に子会社がある場合、欧州にいる立場としては、米国の事業に大きな自主性を与えざるを得ない」とセレギン氏は指摘しつつ、「とはいえ、リスク管理(法務とコンプライアンス)に関しては何らかのバランスが必要だ。しかし、そのバランスを取るのが極めて難しい。どこで線を引くべきなのか。海外事業の手綱を過度に締めつけることなく、適切な監督を行うには、どこで手綱を締めるべきか」と続けた。
ジャコビー氏は、アリアンツ・グローバル・インベスターズに対する処罰から得られた重要な教訓は、「従業員の監督に失敗したウォール街の大手金融機関は、SECと米連邦検事局の標的になるということだ」と述べた。
「SECが金融機関の従業員を捜査する際によくあるのは、当該金融機関が極めて迅速に協力を開始し、その従業員を切り捨て、従業員は罪状を認めざるを得なくなり、SECにさらなる法律違反行為を差し止められるという展開だ」とジャコビー氏は語った。
しかし、今回は、SECの捜査の結果、企業自身が罪状を認めざるを得なくなった。
「これは、金融機関の従業員が訴追され、金融機関自身は罰金や軽いお仕置きで済むという時代は終わったという、金融機関に対する明確なメッセージだと思う」とジャコビー氏は述べた。
本稿はブルームバーグ・ニュースより寄稿を受けた。