執筆者:ヘーゼル・ブラッドフォード
2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受け、英国および欧州の投資家はロシア関連の保有資産への対処を行っているが、この危機により、ESG(環境、社会、ガバナンス)関連のリスクについても再考を求められるとともに、中国など他の新興国市場についての教訓も提供している。
ドイチェ・アセット・マネジメント(DWS)グループは3月4日付CIOアラートで、「この危機がさらなる警鐘となり、投資家はESGリスクを真剣に受け止めることになりそうだ」と述べた。ロシア関連の資産は、環境およびガバナンス上の懸念から、長期にわたり割安に取引されており、最近の(市場)崩壊は、「最終的にこうしたリスクが価格に完全に織り込まれときの影響の深刻さ」を示していると、同アラートは指摘している。
ウクライナの紛争で劇的に明らかになったように、インデックス運用を行うグローバル投資家は、状況が許容できない事態に発展する時まで、投資先を必ずしもコントロールできるわけではない。ロシアについては、「その時」とは侵攻開始から1週間後に訪れた。投資家がロシア市場を「投資不可能」としたことを受け、指数提供会社のMSCIとFTSEラッセルは、幅広く使用されている新興国市場指数からロシア株式と債券を除外した。
2週間後、MSCI ESGリサーチは、国際的な制裁の影響およびロシアの「金融上の孤立」によるリスクを理由として、ロシアのESG政府格付けを最低水準のCCCに引き下げた。
「現在、多くの年金基金とその他のアセットオーナーは保有するロシア証券を、価格を度外視して、売却を急いでいるが、ESGリスクと化石燃料への関与度が高いため、サステナブルファンドのポートフォリオを通じたエクスポージャーはすでに低下していた」と、シカゴを拠点とするモーニングスター・サステナリティクスで米州サステナビリティ・リサーチのディレクターを務める、ジョン・ヘイル氏は語った。サステナリティクスがフォローしているサステナブル新興国市場ファンドのうち、ロシアへのエクスポージャーが4.9%を超えているのは1本のみであり、10本は1%未満、4本はゼロであった。
ヘイル氏によれば、これは政治的視点からの嫌悪によるものではなく、「ロシアではESGの観点で魅力的な上場企業が少なく」、特に化石燃料産業がロシア株時価総額の約半分を占めていることが原因だ。
新興国市場の投資家にとってより大きな問題は中国やその他の独裁体制だと同氏は指摘し、「ロシアを新興国市場ポートフォリオから除外するのは、現時点では象徴的に過ぎないかもしれないが、容易なことだ。しかし中国については、そうはいかない」と語る。
新興国市場インデックスの30%近くを中国が占めていることから、投資家は民主主義、自由、人権を軽視する政治体制の国に投資を続けるべきかどうかという問題を「議論の俎上に載せるべきだ」と、同氏は言う。
ESGリスクの評価
ESG投資は、エネルギーや気候変動からダイバーシティや人権まで、数多くのテーマを扱っている。投資家はそれぞれの具体的な方針に基づいてポートフォリオに対するESGリスクを評価し、その上で投資先を決定する。
一部のアセットオーナーはESG方針に基づき、すでにロシア離れを始めていた。ロンドンを拠点とし、570億ポンド(764億ドル)を擁するBT年金スキームは、ロシアに関連したガバナンス上の懸念および所有権上の問題から、2022年初頭に運用マネジャーと共同で同国へのエクスポージャー最小化の取り組みを開始した。
責任投資方針は早期警告システムとして機能し得る。ゲントフテを拠点とし1,280億デンマーククローネ(194億ドル)を擁する年金基金アカデミカーペンションは、ウクライナ侵攻以前に、国家主権の侵害に反対するという内部方針に基づき、ロシア国債およびロシア国営企業の株式への投資を凍結していた。同基金の最高経営責任者(CEO)イェンス・ムンク・ホルスト氏は、この侵攻により「ロシアを完全に排除する以外の選択肢は無くなった」と語った。
オスロを拠点とし、9,013億ノルウェークローネ(1,018億ドル)の資産を擁するノルウェーの年金基金、コミュナル・ランズペンションズカッセ(KLP、地方公務員年金基金)は、ロシアによるウクライナの主権侵害を受けて、ロシアの22社を排除し5億クローネのロシア資産を売却する決定をしたが、その背景はKLPの侵略戦争に対する禁止規定が要因となっている。
ロシアおよびその国営企業に対して米国、英国、カナダ、欧州各国政府が制裁を決定すると、自国政府の行動に準じることを方針としているアセットオーナーにとっては比較的容易に決断することができる。
ノルウェー政府年金基金グローバル(GPFG)はオスロを拠点とし、運用資産額12兆3,400億ノルウェークローネをノルウェー銀行インベストメント・マネジメント(NBIM)が運用するが、同国財務相の要請に従いロシアへの投資を凍結した。このソブリン・ウエルス・ファンドの副CEOであるトロンド・グランデ氏は、推定簿価25億ノルウェークローネとされるロシアへの投資は「基本的に無価値」になる可能性があると、3月3日の記者会見で述べた。
英国では、年金監督庁が年金基金の受託者に対し、ウクライナ情勢を警戒し、またESGへの配慮を含む投資原則とポートフォリオが「整合性を保つ」ように注意を促した。
オランダのヘールレンを拠点とする資産額5,390億ユーロ(6,070億ドル)のオランダ公務員総合年金基金( ABP)は、2014年にEUによる武器禁輸を理由にロシア国債を投資除外リストに入れており、ウクライナ侵攻時にはすでに保有資産におけるロシアの比率を0.1%未満まで減らしていた。
ABPがロシアの保有比率を低くしているもう一つの理由は化石燃料である。昨年10月、このオランダ年金は、株主によるエンゲージメントでエネルギー転換を加速させるには「不適当な投資機会」として、世界中の化石燃料企業の株式への投資を停止した。その回収した資金を再生可能エネルギー戦略に再投資するとし、ABPは現在、5億2千万ユーロのロシア資産すべてを売却しているところである。
エネルギー転換
投資家が自らのポートフォリオに対する気候変動リスクを低減するためにエネルギー転換を促進していることや、欧州委員会がロシアからのエネルギー自立を目指していることは、「この破滅的な戦争における一つの明るい兆しとなるかもしれない」と述べるのは、ロンドンにあるESG評価プラットフォームを持つフィンテック企業、オール・ストリート・リサーチ社の創業者兼CEOであるエマニュエラ・ヴァルトロメイ氏だ。「このような形で投資の撤退が増えることは、長期的に見ればヨーロッパにとって利点でしかありません」と同氏は言う。
EUは消費するガスの90%を輸入に頼っており、45%はロシアからの輸入だ。また、石油輸入の25%、石炭輸入の45%もロシアから供給されている。3月8日、欧州委員会は、2030年までにロシア産エネルギー依存からの脱却、および、より迅速なクリーンエネルギーへの移行に向けて、最初のステップを踏み出した。「REPowerEU」と名付けられたこの計画は、ガス供給の多様化、再生可能ガスの迅速な導入、暖房と発電におけるガスの代替化を求めるものである。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はニュースリリースで、「再生可能エネルギーと水素への切り替えとエネルギーのさらなる効率化の実現が早ければ早いほど、真の意味でのエネルギー自立とエネルギーシステムの制御を早期に達成することができる」と述べている。
業界アナリストは、今回の紛争が引き金となったエネルギー価格の高騰も再生可能エネルギーの魅力を高めることになる、と指摘している。
「従来型エネルギーの価格上昇と今回のウクライナ紛争は、エネルギー転換の観点から、いくつかの興味深い結果をもたらすかもしれない」と、ロンドンを拠点とするシュローダー ISF グローバル・エナジー・トランジション・ファンドのポートフォリオマネージャー、アレックス・モンク氏は述べた。