執筆者:ダグラス・アペル
今年、数十年来経験したことがないインフレ圧力が発生し、株式運用マネジャーが米連邦準備制度理事会(FRB)を友人だと思えた時代に終止符が打たれた後で、資産運用会社が2021年に享受した運用資産の堅実なリターンを、早くも懐かしく振り返っているとしても無理はない。
大手資産運用会社に関する当社の最新年次サーベイによると、世界の約450の資産運用会社が全世界で運用する機関投資家の資産総額は、昨年6.3%増の59兆3,800億ドルとなり、2021年12月31日までの5年間で50.5%増加した。
一方、内部運用されている米国機関投資家の非課税資産総額は、昨年11.2%と大幅に増加して20兆600億ドルとなり、過去5年間で46%増加した。
ナティクシス・インベストメント・マネジャーズの香港を拠点にアジア太平洋地域の責任者を務めるファブリス・シェムニー氏は、昨年は世界中の資産運用会社にとって、新型コロナウイルス感染対策のロックダウンからの継続的な回復への期待に牽引された「極めて強気な」年であった、と述べた。
基本的にこれは株式主導の相場であり、2020年初頭に始まったコロナ危機に対処するために中央銀行が供給した大量の流動性が国債利回りを押し下げ、その結果、TINA(株式以外の選択肢はない)という略語が業界用語の一部となった。昨年は資産運用会社にとって「全ての惑星が一直線になった」ような極めて稀な年だった、と同氏は語った。
しかし、その後、その宇宙の秩序は混乱含みとなった。
今年は、2月のロシアによるウクライナ侵攻と予期せぬ中国における新型コロナ関連のロックダウンが重なったことで、すでに急騰していた米国のインフレがさらに悪化し、近年、機関投資家の間でほとんど反射的となっていた「押し目買い」のメンタリティが土台から損なわれた、とロンドンを拠点とするグローバル資産運用業界向けコンサルティング会社、クリエート・リサーチのアミン・ラジャン最高経営責任者(CEO)は述べた。
今年4月の米消費者物価指数は前年同期比8.3%の上昇となり、2008年来の最高水準であった2021年4月(前年同月)の上昇率4.2%の2倍弱に達した。こうした急激なインフレを背景に、2021年に29%近く上昇したS&P500トータルリターン指数は、2022年の年初5カ月で約13%下落した。
今や「FRBは極めてタカ派寄りとなっており」、今年は、予想される利上げサイクルと欧州における戦争のいずれかが投資家にとってゲームチェンジャーとなり、景気後退、さらにはスタグフレーションさえもが視野に入ってくる可能性がある、とラジャン氏は語った。
14%〜20%の運用資産増
資産運用会社を支えていた追い風が突然逆風に変わる以前の、2021年については全世界の資産運用総額上位を占める資産運用会社のランキングに変化はなく、上位5社の資産運用残高は14%〜20%程度増加した。
ブラックロックが世界最大の資産運用会社の座を守り、資産運用残高は前年比15.4%増の10兆100億ドルとなった。バンガード・グループが同18.4%増の8兆4,700億ドル、フィデリティ・インベストメンツが同17.3%増の4兆2,400億ドルで続いた。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズ(SSGA)が前年比19.3%増の4兆1,400億ドルで4位を維持し、キャピタル・グループが同13.9%増の2兆7,200億ドルで5位となった。
全世界の機関投資家からの資産運用残高(AUM)ランキングについては、ブラックロックが引き続き首位を維持しているが、バンガードとの差は縮まっている。ブラックロックが前年比10.6%増の5兆6,900億ドルとなったのに対し、バンガードは13.6%増の5兆4,100億ドルとなった。続くSSGAは、同15.4%増の2兆9,100億ドルで3位となった。
2020年に5位であったフィデリティは、前年比16.3%増の2兆300億ドルで4位に浮上し、BNYメロン・インベストメント・マネジメントは同9.5%増の1兆9,500億ドルで5位に転落した。
米国の非課税機関投資家に代わって内部運用されている米国株式のパッシブ運用AUMは、13.1%増の3兆8,700億ドルとなり、アクティブ運用の米国株式AUMが6.9%増(残高は3兆1,100億ドル)であったのに対して、2倍近い増加率となった。
2022年初頭まで超低利回りが続いた中、債券AUMの合計額は比較的緩やかに増加し、アクティブ運用の債券AUMは2.5%増の3兆7,600億ドル、米国非課税機関投資家のパッシブ運用の債券AUMは1%増の1兆500億ドルとなった。
一方、10年にわたるグロース株のバリュー株に対する優位性が昨年は失われ、パフォーマンスはまちまちとなり、今年の新たな、ボラティリティの高い環境下で見られる、より大きなセンチメントの変化の前兆となった。
米国の非課税機関投資家向け米国大型グロース株運用会社上位25社は、2021年にAUMを7.3%増の1兆500億ドルとし、7.1%増で3,380億ドルとなった大型バリュー株運用会社上位25社のAUM増加率を僅差で上回った。
グロース株のバリュエーションが金利上昇により敏感になったことが、市場の焦点がグロース株からバリュー株にシフトする要因となった、とダラスを拠点としバリュー株を専門とするNFJインベストメント・グループ(2022年3月31日時点のAUMは84億ドル)でマネージング・ディレクター兼シニア・ポートフォリオマネジャーを務めるR・バーンズ・マッキニー氏は指摘した。
このシフトにより今年、株式市場が悲惨なスタートを切る中、バリューセクターは比較的底堅く推移している。年初から5月31日までのS&P500バリュー指数の下落率は3.5%と、同期間のS&P500グロース指数の下落率21.1%に比べればごくわずかにとどまっている。
今年はより厳しい年に
ほとんどの分野で、今年は資産運用会社にとってかなり厳しい年になるだろうと古参の市場関係者は予想している。楽観主義と政策のサポートによって、市場の懸念などたちまち払拭することが容易だった昨今とは対照的に、現在の市場センチメントは悲観的であり、今年から2023年にかけて広範な市場がマイナスにとどまることになるだろう、とシンガポールを拠点とするジャナス・ヘンダーソン・インベスターズのアジア(日本を除く)担当販売責任者を務めるアンドリュー・ヘンドリー氏は述べた。同社AUMは昨年12月31日時点で4,323億ドルだったが、直近の決算報告によると、今年3月31日時点で、AUMは3,610億ドルに減少した。
このような環境下では、資産運用会社は必然的にコスト管理に重点を置き、近年のような好況が続くことを前提とした拡大計画を縮小せざるを得ないだろう、とヘンドリー氏は述べた。
しかし、だからといって資産運用会社の機会が失われるわけではない、とアナリストは言う。近年の「株式しかない」状況は変化している。「現在は実際に代替手段があり、その一つが米国の投資適格債券である」とシェムニー氏は指摘する。
セクターによって異なるが、今年は150から300ベーシス・ポイントほど利回りが上昇しており、それに伴って「ポートフォリオにおける債券の役割について、我々は若干基本に立ち戻っている」と、カリフォルニア州ニューポート・ビーチに本拠を置くパシフィック・インベストメント・マネジメント(ピムコ)のマネージング・ディレクターで商品戦略のグローバル責任者を務めるキンバリー・スタッフォード氏は述べた。
金利の上昇は、現在投資家のポートフォリオに組み入れている債券価格の下落をもたらしてきた。しかし、「金利上昇の局面では大きな痛みを伴うが、(利回り上昇後は)新規配分を行う際にのより良い条件を提供してくれるという意味では、金利上昇自体は良いものだ、と常々言っている」とスタッフォード氏は述べた。
ボラティリティの上昇と景気後退のリスクが予想される中、「多くの機関投資家が資産配分の観点から、コア債券へと実際に回帰しているようだ」と同氏はいう。
ピムコの2021年12月31日時点のAUMは、前年比4.8%増の1兆7,100億ドルとなっている。
シェムニー氏によると、現在ナティクシスも同様の関心が高まっていることに注目している。「日本の大手年金基金や、海外投資を許可された中国の大手投資家、世界中の政府系ファンドなど、巨大な投資家が再び債券への配分を増やそうとしている動きが見られる」。
景気後退とインフレ懸念
ニューヨークに本拠を置く運用資産額394億ドルを擁するクレジット特化の資産運用会社、ミューズニッチ・アンド・カンパニーの社長兼CEOを務めるジャスティン・ジョージ・ミューズニッチ氏によると、今年の市場サイクルは、特定の資産クラスが好調で、その他が不調という、これまでのサイクルと基本的に変わらないはずだと語った。ミューズニッチでは現在、同社の変動金利戦略がかなり好調とのことで、運用額は54億ドルとなっている。
「完璧な解決策というものはないが、今人々が心配している2つのリスク、つまり景気後退とインフレの下では、公募・私募にかかわらず担保付き変動金利のシニア債が合理的な投資先だ。というのも、景気後退を懸念するのであればシニア証券が安全だし、インフレを懸念しているのであれば変動金利が適しているからだ」と同氏は述べた。
ミューズニッチ氏は、スタッフォード氏と同様、今年の金利上昇によって、公社債市場にも投資のチャンスが到来したと言う。米国のハイイールド債は現在、CCC格を除くB格およびBB格債の利回りが7.5%となっており、「4年間保有すれば、クーポン収入で25%以上を稼ぐことができる」とし、回収率を30〜40%と仮定すれば、デフォルト率が世界金融危機時に近い水準にならない限り、投資家が損をすることはないと指摘した。
ESGの持続性
債券運用者にとっての投資機会の拡大が今年の新展開とするならば、クリーンエネルギー関連への投資配分など、ESGに焦点を当てた資産クラスへの関心は持続性があると市場参加者は言う。
当社の資産運用会社調査データによると、2021年にESGの投資原則の下で運用されている資産額は21.9%の急増を示し、28兆300億ドルに達した。
「本当は好きではないのに見ないようにしていた」エネルギー生産者への依存度を、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに減らすという顧客の決断が、今年に入ってから大きく盛り上がっている、とシェムニー氏は述べた。「今や問題を直視しており、毎日、ロシアからエネルギー供給を受けて、何十億ドルもの資金を提供し続けられる見込みはない」との確信が、ナティクシスのパリ拠点の子会社で、サステナブル投資を専門とするミローバやヴォーバン・インフラストラクチャー・パートナーズが提供するクリーンエネルギーファンドに、現在投資家が強い関心を示していることに反映されている、と同氏は述べた。
その一方で、今年に入ってからの投資環境が芳しくないにもかかわらず、株式にも一部の投資家からは資金が集まっていると報告する運用マネジャーもいる。
極端な市場変動を前にして、多くの投資家が、車のライトに照らされた鹿のように、固まって動くことができなかったこれまでの事例とは対照的に、「今回は全くそのようなことはない」と、パインブリッジ・インベストメンツのCEOで執行役員も務めるグレゴリー・A・エレット氏は言う。同社はニューヨークを拠点とし、昨年12月31日時点で1,487億ドルのグローバルAUMを擁する。
洗練された2、3件の顧客は、市場が下落するにつれて一貫して株式へのリバランスを行い、株式ポートフォリオの平均保有コストを下げていると、同氏は述べた。
パインブリッジの今年のネット流入額は約30億ドルで、これは2022年の目標額の28%に相当する、とエレット氏は語った。
より広く捉えても、マクロ政策や経済見通しに関する今年の大きな変化は、同社の10年事業計画を大きく見直すことにはつながっていない、とエレット氏は言う。パインブリッジは非公開企業なので、短期的なショックに対処するにあたり、株主の期待に応える必要がある公開企業よりもプレッシャーが少ない、と同氏は指摘した。