執筆者:アーリーン・ジャコビウス
ESGが投資の主流になりつつある。オルタナティブ投資の運用マネジャーも真剣に環境、社会、ガバナンスの要素を取り入れる努力をしなければ、取り残されることになりかねない。
プレキンの10月のレポートによると、プライベート・マーケットの運用資産総額のうち、3.1兆ドルはESG要素にコミットしているマネジャーが運用しているもので、これは世界のプライベート・キャピタルの運用資産総額8兆5,200億ドルの約36%に相当する。
同レポートによると、運用資産におけるESGへのコミットメント比率では、プライベート・クレジットが49%と最も高く、インフラストラクチャーが31%と最も低かった。
オルタナティブ投資会社は従来、ESG投資の世界では小さな一角を占めるに過ぎなかったが、プライベート市場の運用マネジャーがゲームに参加し始めたことで、それが変わろうとしていると業界関係者は言う。
私募投資の仲介を専門とするモニュメント・グループのボストン・オフィスを拠点としてシニア・バイスプレジデントを務めるトーマス・ダーキン氏は、「この業界は変革しつつある」と述べた。以前は、ESGは「もっと表面的なレベルで、より広報的なツールとして」採用されていた、と語った。
現在では、より多くのオルタナティブ投資会社が、ESGを「価値創造の手段」と見なしていると同氏はいう。「ESGは、単に項目をチェックするだけのものから脱却したのだ」
ESGは投資家のデューデリジェンスにおいて、ファンドの評価を高めることが可能なオーバーレイだが、オルタナティブ投資のファンドでは、ESGの資質だけに頼るわけにはいかない。同じアセットクラスの他ファンドと同じパフォーマンスを示さなければならないからだ、とダーキン氏は語った。
プライスウォーターハウスクーパースの「2021年プライベート・エクイティ(PE)責任投資調査」によると、PE投資家の過半数(86%)が、インパクト投資のパフォーマンスは期待通りか、それ以上だったと回答している。
ESG関連ファンドとしては、DIFキャピタル・パートナーズの最新ファンドで、DIFコアプラス・インフラストラクチャー・ファンド III(欧州と北米のデジタル、エネルギー移行、運輸、社会インフラ投資に特化した実物資産ファンド)、ストーンピーク・インフラストラクチャー・パートナーズが運用するストーンピーク・アジア・インフラストラクチャー・ファンド(エネルギー移行、通信、運輸、物流に投資)、ポールスター・キャピタルが提供するポールスター・キャピタル循環型デット・ファンド(サステナビリティを目標とするオランダの循環型経済プロジェクトに融資するベンチャー・デット商品)等。
標準となる測定基準がない
環境、社会、ガバナンスの要素を取り入れる際、プライベート・マーケットの運用マネジャーによってESGの構成要素が違うことが問題となっているが、これは主に、標準的な報告指標が存在していないためだとダーキン氏は指摘した。
例えば、一部のプライベート・キャピタル運用会社は、いずれ実施することになるコスト削減や効率化の取り組みを含む投資に対し、とにかくESG分類を適用することがある、とベイン・アンド・カンパニーが作成した2021年のPEおよびESGに関するレポートに掲載されている。
ダーキン氏によると、一般的にプライベート・キャピタルの運用会社にはESG導入に向けて2つの選択肢があるという。既存ファンドにESGを加えるか、またはESG専用ファンドを組成し、環境・社会・ガバナンスへの配慮を投資戦略の中核に据えるか、そのどちらかになる傾向がある。
プレキンによると、ESGにコミットした運用会社が2022年の上半期に調達した金額は2,567億ドルとなっている。これに対し2021年全体の調達金額は6,827億ドルだった。
例えば、ブラックロックは現在までに、新ファンド「ブラックロック・インパクト・オポチュニティズ・ファンド」の募集目標10億ドルに対して、8億ドル以上の初期コミットメントを集めた、と広報担当のクリストファー・ビーティー氏は6月7日付の電子メールで述べた。同氏によれば、このファンドは、米国内の黒人、ラテンアメリカ人、ネイティブアメリカンが所有・主導し、あるいはそうした人々のコミュニティ向けのビジネスやプロジェクトに特化したマルチ・オルタナティブ戦略で、現在もファンドレイズ中である。
このファンドのアイデアは、ブラックロックが2020年に人種的不平等の格差解消への貢献にコミットしたことから生まれた、とブラックロック・オルタナティブ・インベスターズのニューヨーク拠点でマネージング・ディレクター兼CIO及びオルタナティブ・ソリューション・グループのグローバル責任者を務めるパム・チャン氏は述べた。
ブラックロックのオルタナティブ・ソリューション・グループの運用資産残高は100億ドルを超える。ビーティー氏によると、ブラックロックではすべてのプライベート・マーケット戦略に環境、社会、ガバナンスの要素が含まれているので、オルタナティブ投資の運用資産総額からESGだけを別枠として分けてはいない。
「当社では、(プライベート・マーケットの)アセットクラス全体に柔軟に対応することで、回復力の高いポートフォリオ構築を行っている」と、チャン氏は語った。
オルタナティブ投資家によるESG関連投資への需要は高まってきており、さらに加速していると同氏は指摘した。
「社会的側面よりも環境的側面に重点を置いたファンドの方が間違いなく多い。しかし、世界で起きている出来事が、投資家や運用マネジャーをESGの社会的側面に目を向けさせてきている」と、チャン氏は述べた。
定義の拡大
オルタナティブ投資のコンサルティングと運用を行うステップストーン・グループでシドニー拠点にパートナー兼責任投資担当を務めるスザンヌ・タヴィル氏は、ESGの定義が拡大しつつあると指摘する。
「ESGに当てはまるテーマの幅が広がっており、データ・プライバシー、インクルージョン、気候変動など、それぞれがより複雑になっている」とタヴィル氏は電子メールで質問への回答を寄せた。「ESGテーマの複雑化は、業界にとって最大の課題であり、運用会社(企業)レベルと資産レベルの双方で相当な努力が必要とされている」と語った。
ステップストーン・グループは3月31日時点で、運用資産残高1,340億ドルを含む5,700億ドルの資産を管理している。
それでも、ステップストーンの幹部は、ESG方針の広範な採用という形で、世界中の運用会社によるESG運用が加速しているのを見ており、「これは運用会社におけるより包括的なESG運用への前兆である」とタヴィル氏は述べた。
しかし、競争力のあるESG運用を実践するためには、運用マネジャーは進捗状況を把握し戦略を実行するための人材、システムの双方の経営資源に資金を費やす必要がある。ESGは非常に多面的で進化が早いため「この責任を若手や「パートタイムの」役割として誰かにすぐに任せたとしても、持続可能ではない」とタヴィル氏は述べた。
また、こうして新しくESG担当となった幹部は、公開市場よりもさらにデータが乏しい非公開市場の世界で運用する必要に迫られる、とニューバーガー・バーマンのニューヨークを拠点にPEのインパクト投資を担当するマネージング・ディレクターを務めるジェニファー・シニョーリ氏は述べた。
データに関する課題は残るものの、資産運用会社が共通の目標を持つ他のステークホルダーと一緒に取り組む件数が増加するという形で進展が見られる、とシニョーリ氏は語った。例えば、機関投資家によるPE業界団体であるインスティテューショナル・リミテッド・パートナーズ・アソシエーション(ILPA)のESGデータ・コンバージェンス・プロジェクトは、従来ばらばらであったPEに関するESG報告の形式を合理化するために、中核となる指標と共通の定義の構築を行っている、と同氏は述べた。
ヘッジファンド・マネジャーもESGにますます注目するようになっている、と50サウス・キャピタルのシカゴ拠点でヘッジファンド投資チームのポートフォリオ戦略担当マネージング・ディレクターを務めるトリスタン・トーマス氏は語った。
他のタイプのオルタナティブ投資会社よりも「ヘッジファンドはやや遅れて参入した」とトーマス氏は述べた。50サウス・キャピタルはノーザン・トラスト・アセット・マネジメントのオルタナティブ投資子会社であり、運用・助言資産123億ドルを擁している。
50サウスは、2019年に同社のヘッジファンド・オブ・ファンズ戦略の運用会社にESG方針の提出を求めたが、提出したマネジャーは多くなかったとトーマス氏は述べた。大多数のマネジャーはESG方針を制定していなかったと付け加えた。
「昨年は、当社が取引を行っているすべての運用マネジャーがESG方針を制定していた」と同氏は述べた。
セカンダリーマーケットを主力とするオルタナティブ投資会社、コラー・キャピタルでニューヨークを拠点とするパートナーを務めるポール・ランナ氏は、「同社のような運用マネジャーではESGチームの規模を拡大し、投資前だけでなく投資後も含め、何にどのように投資するかについてチームがカバーする範囲を広げている」と語った。
さまざまな顧客ニーズ
運用マネジャーが取り組まなければならないもう一つの課題は、顧客のさまざまなニーズに応えることだ。
たとえば、顧客の除外リストは時とともに長くなりつつある、とチャーチル・アセット・マネジメントのニューヨークを拠点とする最高リスク責任者(CRO)を務めるクリストファー・コックス氏は語った。同社はヌビーンのプライベート・クレジット事業部門(運用資産額270億ドル)であり、投資判断にESGを組み込んでいる。
「投資家は特定のセクターや分野に敏感であり、その結果、当社のゴールラインも動かさなければならない」とコックス氏は語った。
チャーチルには「明確な除外リスト」はないが、デューデリジェンスの初期の段階で、物議を醸す可能性のある業界や商品は除外されるという。
同氏は、特に米国の最近の銃乱射事件を踏まえれば、銃器が「明らかな」例として挙げられると語った。しかし、銃器に取り付ける照準器を販売する狩猟用アクセサリー業者のようなグレーゾーンが存在し、より難しい問題になると同氏は述べた。
チャーチルは、ヌビーンのESGレーティングツールと連携して作成した、独自のESGレーティングテンプレートを使用し、リスクと投資機会の両面から非公開企業のESG評価を行っている、とコックス氏は述べた。
「このESG評価はすべての投資委員会メモに記載され、投資委員会で議論される」と同氏は語った。
P&I資産運用会社年次調査によると、2021年12月31日時点で、ヌビーンのESG原則に基づく運用資産残高は前年比8.3%増の13億ドルであった。
しかし、すべての運用マネジャーがESG目標を達成する方法として、特定の産業や企業について投資対象から除外したり、既存の投資を回収したりしているわけではない。5月に発表された調査の中でカーライル・グループが述べているのは、ポートフォリオ内の炭素排出量を抑制したいとする投資家は、汚染物質排出企業を排除するだけでは、それを実現することはできないということだ。
カーライル・グループのニューヨークを拠点としてインパクト投資のグローバル責任者を務めるメーガン・スター氏はインタビューで、「脱炭素化社会を目指すのであれば、炭素排出量が多いところに行かなければならない」と述べた。
上記調査によれば、経済活動の約80%、全米の運輸事業の95%が依然として化石燃料で動いている。
「我々は炭素排出企業の90%をポートフォリオから除去することは可能だが、それによって現実社会の炭素排出量の削減というプラスのインパクトを起こせるわけではない」とスター氏は語った。
カーライルは十数社に対する投資から撤退することにより、書類上では炭素排出量を90%削減することが可能だが「大気中の炭素分子を一つも減らすことはできない」と同氏は述べた。
エンゲージメントを選好する企業も
カーライルのワシントンを拠点とするマネージング・ディレクターで、グローバルリサーチの責任者(上記調査の筆者)を務めるジェイソン・トーマス氏は、エネルギー企業による株式市場および債券市場へのアクセスを拒否しても、化石燃料の削減にはつながっていないと指摘する。
こうした認識のもとに、カーライルは従来型エネルギー、再生可能エネルギー、およびインフラにまたがるエネルギー転換への投資を行うため、エネルギー事業のカーライル・インターナショナル・エナジー・パートナーズを再編し、グローバル・インフラ事業との統合を進めているところだ。
投資撤退は他の投資家にも人気がない。こういった投資家は、化石燃料企業への投資を維持し、発言権を確保する方が望ましいと主張する。こうした見解を取る投資家として、運用資産額5,504億カナダドル(4,370億米ドル)を擁するカナダ年金基金投資委員会(トロント)、運用資産額4,548億ドルのカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS、サクラメント)、運用資産額3,122億ドルのカリフォルニア州教職員退職年金基金(CalSTRS、ウェスト・サクラメント)が挙げられる。
CalPERSとCalSTRSはいずれも、全米1位・2位の規模である両公的年金基金に化石燃料からの投資撤退を義務づけるカリフォルニア州の法案に反対している。
しかし、ESGはポートフォリオのリスクを抑え、社会や地球のために良いことをする手段に過ぎないわけではない。プライベート市場の運用マネジャーは、ESGがエネルギー転換などのテーマにおいては、潜在的なリターンの源泉になるとみている。
ツー・シグマ・インベストメンツ傘下で労働者に特化したインパクト投資事業を行うツー・シグマ・インパクトでメイン州ポートランドを拠点にパートナーを務めるウォーレン・バルドマニス氏の推計によると、ESG投資とインパクト投資がPE投資の全体に占める割合はわずか1~2%に過ぎない。
しかし、「この分野のリスク調整後リターンは極めて魅力的である」ため、成長の可能性を秘めているとバルドマニス氏は語った。インパクト投資は「譲歩できない努力」である。投資家はリターンを諦めるのではなく、アルファを得ることが可能だ、と同氏は述べた。
投資家は従業員が企業にとって大きな資産であることを認識していることから、公開市場では労働力データに関する報告の改善を求める声が高まっている、とバルドマニス氏は語った。
しかし、PE投資会社は、企業の労働力に対する投資をコスト増加要因と見ていると同氏は述べた。
「PEは、長い間、労働者を削減すべきコストと考えてきた。それは変わるべきだ」とバルドマニス氏は指摘した。
より良い賃金、福利厚生、そしてキャリアアップの機会をもたらす良い仕事を提供する企業は、より優れた業績を上げるはずだ、と同氏は語った。