執筆者:アーリーン・ジャコビウス
米国で不動産投資の需要が最も高い地域の一部、特にサンベルト(北緯37度線以南の米国南部および南西部地域)は洪水、猛暑、その他の気候変動による被害が大きく、投資リターンに影響を及ぼす可能性がある。
これは、住宅から、オフィス、小売店舗まで、あらゆる実物資産セクターにわたり、期待リターンを侵食する恐れがある世界的な課題だ。不動産マネジャーの中には、保有資産の早期回収に着手し、あるいは短期的に比較的良好なリターンが見込める不動産であっても、気候変動リスクが大きければ投資を断念しているところもある。
米国海洋大気庁(NOAA)によると、2021年に米国で発生した損害額が10億ドルを超える異常気候災害事象は20件だった。その内、干ばつが1件、洪水が2件、ハリケーンが4件、暴風雨が11件であり、その多くがサンベルトで発生した。
1980年から2021年までの年間平均発生件数は7.7件であったが、2017年から2021年までの5年間では年17.8件に増加している。NOAAはインフレ調整後で損害額が10億ドル以上の事象を異常気象と定義している。
NOAAによると、異常気象の影響を最も受け易い3つの州、すなわちテキサス州、ルイジアナ州、フロリダ州はすべてサンベルトに位置している。
シカゴを拠点にラサール不動産投資顧問(LaSalle Investment Management)で調査・戦略部門のグローバル責任者を務めるジャック・ゴードン氏は、サンベルトに「紛れもない人の移動」が起きており、その結果、同地域の不動産、特にアパートに対する需要が高まっていると述べた。同時に、サンベルトは気候変動によるリスクが最も高い地域の1つでもある。
移民の人口動態に関するラサールの最新レポートによると、オーストラリア、米国南部、米国東海岸は、1993年から2020年にかけて、先進国で「最も深刻な海面上昇」が起きた地域だ。
気候変動、気候変動による人口移動、そしてその結果、不動産の価値や需要に及ぼされる影響は、不動産マネジャーにとって理論的な問題ではすまされない。気候変動は、保険や被害軽減策によるコスト増やさらなる投資を呼び込めず座礁資産(市場環境や社会環境の激変により、価値が大きく毀損する資産)となる可能性から、不動産所有のコストを増大させかねない。不動産マネジャーが十分な注意を払わなければ、気候変動によってリターンが侵食される前に、投資を回収することが困難になる可能性がある、とゴードン氏は指摘した。
ラサールのような長期投資家は、気候変動の影響に注意を払うべきだと同氏は述べ、今後10年以内に所有者が建物に保険を掛けられなくなる、あるいは建物の冷房費用が高くなり過ぎるような場合、そうした不動産は座礁資産になる可能性があるとゴードン氏は語った。
不動産の保護
ラサールのレポートによると、プロアクティブな運用マネジャーは、海面上昇、猛暑、変動の激しい気象から物件を守るため、インフラが整備された地域の物件に投資している。例えば、冷暖房設備は、洪水の被害を受け易い地下ではなく、屋上に設置するマネジャーもいる。
しかし、非営利団体アーバンランド・インスティテュート(ULI)の報告書「不動産の新たなトレンド2022(Emerging Trends in Real Estate 2022)」によると、こうしたリスクは、気候変動によるリスクが最も高い地域への移住や投資を、人々に思いとどまらせる理由とはなってない。不動産投資における上位8都市圏は、サンフランシスコやマンハッタンなどの沿岸部の都市圏に代わって、すべてサンベルトに位置している。
ULIの報告書は「投資家は、環境リスクを案件組成に反映させるのが遅れている」と指摘している。
ULIの調査によると、不動産業界の経営幹部は「異常気象によるリスク」よりも「気候変動全般」に対する懸念の方がやや強い。いずれも5段階評価で中程度の重要度としているが、気候変動全般に対する懸念度合いの方が3.43と、異常気象リスクに対する懸念度合い3.13よりも、若干高い。
「これは、被災地が災害に見舞われる頻度が上昇して保険料が上がれば、変わる可能性がある」と同報告書は指摘している。
バージニア州リッチモンドを拠点にヴィンソン&エルキンス法律事務所で資本市場およびM&Aを担当するザック・シュワルツ弁護士は、気候変動によって、すでに洪水、猛烈な嵐、そしてハリケーンに見舞われているサンベルトで投資家の需要が高まれば、「不動産の運営や維持管理に伴う温室効果ガスの排出量」が増加すると指摘した。同氏は不動産マネジャーやその他の不動産投資家をクライアントとしている。
強気を継続
シュワルツ弁護士は、生活の質、生活費の安さ、税金の安さを求めて移住する人々が大勢いることから、引き続き不動産投資家はフロリダとテキサスを中心とする「サンベルトに強気」であると指摘した。
これまで投資家が報われたのは、需要が増えていて不動産価格の上昇が最も顕著だったのがサンベルトだったからだ、と同氏は語った。
それでも、不動産マネジャーは、不動産がエネルギーを大量に消費し、メインテナンスとプロジェクト建設の両面において、温室効果ガス排出に大きく関わっていることに気がつき始めている、とシュワルツ氏は述べ、「コンクリートと鉄は非常に炭素集約的だが、だからといって建設を減らしているわけではなく、より多くの建物を建設している」と付け加えた。
しかし、最近の研究によると、より持続可能で、炭素集約度のより低い不動産の方が投資リターンの高いことが明らかになってきた、とシュワルツ氏は語った。
マサチューセッツ工科大学による2020年の研究では、ヘルシービルディング認証を受けた物件は、認証を受けていない物件に比べて1平方フィートあたり4〜7%高い賃料を得ている。
ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院によると、ヘルシービルディングは、換気の良さと空気の質、快適な温度、騒音レベルの低さ、自然光などの要素により、居住者の身体的、心理的、社会的な健康を促進してくれるとのことだ。
国連環境計画・金融イニシアティブによる最近の報告書では、調査対象の不動産経営者の87%が、過去12~24ヶ月の間にヘルシービルディングに対する需要が増加したと報告しており、92%は今後3年間で需要が増加すると予想している。
事業用不動産の運用ならびに資産管理会社であるシービーアールイー・グループ(CBRE Group Inc)の11月報告書によると、グリーンビルディング(環境に配慮した建物)は賃料や資本価値が高く、月々の運用・保守コストが少なくて済むとされている。
CBREの分析では、LEED認証を受けた米国のオフィス賃料は、認証を受けていないオフィスビルの賃料より5.6%高くなっている。LEEDとは、米国グリーンビルディング協会による評価認証制度である。グリーンビルディングの賃貸プレミアムは、今のところ「オフィスセクターでのみ確認できる」とCBREは指摘している。また、グリーンビルディングは築年数が浅いことが多く、プレミアム分析がしづらいと同報告書には記載されている。
シュワルツ氏は、「不動産マネジャーは、デューデリジェンスや契約条件に、環境に配慮したプロセスを組み入れ始めるなど、グリーンプレミアムの証拠が増えつつあることに注目し始めている」と指摘した。
資金調達面での進化
シュワルツ氏によると、コーポレート・デットを抱える大規模な不動産投資信託の中には、グリーンボンドの発行を開始しているところもある。これは、不動産投資法人がフィットウェル・ヘルシービルディング認証などのグリーン認証を取得し、排出量を一定割合削減すれば、グリーンボンドのクーポンを引き下げられるという条項のついたものである。
グリーンビルディングに関して、販売価格や賃料プレミアムの上昇、および資本調達コストの低下は、「当然、リターン上昇につながる」とシュワルツ氏は述べた。
建物の炭素排出量を抑えて環境に配慮することは、エネルギー効率の良い物件の賃料上昇とコスト削減に「直結」していると思われるのだが、米国の不動産投資家はヨーロッパに大きく遅れをとっており、オーストラリアにもやや遅れをとっていると、シドニーを拠点として約1,740億ドルの運用資産残高を擁するグローバル資産運用会社ファースト・センティア・インベスターズで、グローバル不動産証券の責任者を務めるスティーブン・ヘイズ氏は指摘した。
遅れている米国
イギリスやヨーロッパ大陸を中心に、建物のエネルギー強度を下げる努力をしている不動産マネジャーもみられる。新しい建物は、日光による熱を考慮して建設され、グリーン建材を使用し、スマートエネルギーメーターを採用している、とヘイズ氏は言う。
超近代的な建物は、古い既存不動産物件よりも炭素排出量が55%も少ないとヘイズ氏は述べた。
アムステルダムなどのヨーロッパの一部都市では、海面上昇やその他の気候変動による影響に対する防御を強化している、とラサールのレポートは指摘している。気候変動の影響に対して、持続可能な対策を講じる都市や地域は、そうでない地域よりも需要が高まり、価値も上がるだろうと同レポートはまとめている。
しかし、ヘイズ氏は、最も大事なのは炭素削減などの対策を講じて、気候変動の原因を突き詰めることだと言う。
「我々が不動産業界に促しているのは、管理上の炭素を測定するだけでなく、炭素排出量の削減目標を設定し、敷地内に再生可能エネルギーの生産装置を設置するなどして、リスクを相殺することに重点を置くことだ」と同氏は語った。
また、英国をはじめとするヨーロッパの不動産オーナーは、古い建物を環境により配慮したものに改修し始めているが、この傾向はまだ初期段階にあるとヘイズ氏は述べた。
「英国や欧州の地主たちは、炭素の計測を始めている。しかし、不動産業界の大多数は、特に米国で顕著だが、二酸化炭素の排出量を無視している」とヘイズ氏は指摘した。