執筆者:ヘーゼル・ブラッドフォード
最近の株主総会シーズンにおけるハイライトは、DEI、すなわちダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、およびインクルージョン(包摂性)へのコミットメントを株主が企業に要求したことだった。
「我々の見た最も重要な議決のいくつか」は、DEIに関する株主提案に対するものだったと、ニューヨークを拠点とするカルバート・リサーチ・アンド・マネジメント(運用資産318億ドル)のバイス・プレジデント兼コーポレート・エンゲージメント・ディレクターを務めるジョン・ウィルソン氏は語る。
議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシズ(ISS)社によれば、株主提案形式でのDEIアクティビスト活動はわずか1年でほぼ倍増し、2020年の74提案に対し、2021年は143提案に増加した。同社によれば、こうした提案に対する支持も記録的なレベルに達し、従業員レベルの多様性とインクルージョンに関するものが平均61.6%の株主の支持を、取締役会の多様性を対象とするものが平均62.6%の株主の支持を得た。
今年の総会シーズンの新たなカテゴリーのひとつが、人種間の公平性に関する独立した監査を受けるように企業に要請する提案だ。提出された20提案のうち12提案について投票が実施され、30.4%の支持を集めたが、「これは新たな提案としては極めて高い支持率です」と、メリーランド州ロックビルを拠点とするISS社ガバナンス・ソリューション部門のソートリーダーシップ(thought leadership)責任者、ファッシル・マイケル氏は言う。いずれの提案も過半数の支持は得られなかった。
また、多くの株主が、人種構成に関するデータと多様性の現状に関するさらなる透明性を企業に強く求めた。「透明性は目に見える変化を生むうえで常に有用です」とマイケル氏は述べ、機関投資家が企業の取締役会の多様性に引き続き焦点を当てたことが、「今回の株主総会シーズンで大きな役割を果たすことになりました」と付け加えた。
過半数の支持を得た提案も多かったと、カルバートのウィルソン氏は言う。「その理由は、最大手投資家の一部がこれらの提案を支持し始めているからです。規範が生まれつつあり、これは素晴らしいことです」。カルバートは何年にもわたり、より多様性に富んだ企業の取締役会を提唱してきた。今年、同社は議決権行使のガイドラインを変更し、性別であれ、人種別であれ、取締役会の多様性のあるメンバーの比率が40%を下回る場合は、支持をしないこととなった。
多様性に富む企業の経済的なメリットに対する社内の研究が同社のそうしたスタンスの裏付けとなっており、同様の主張をする投資家が増えている。「我々の受託者としての関心は、取締役会の多様性を確保することにあります。これは主として、いかに投資家に長期的な成果をもたらすかという視点に立っています。多様性が人的資源管理の重要な部分であるのは明らかです。この問題は急速に前進しつつあります」とウィルソン氏は言う。
ニューヨーク市会計監査官スコット・ストリンガー氏の監督下にあるニューヨーク市従業員退職年金基金(NYCERS、運用資産2,534億ドル)のように、EEO-1レポートとして知られる年次の雇用機会均等委員会(Equal Employment Opportunity Commission)報告書を公表することを企業に要求する機関投資家が増え、そうしたデータが入手できるようになるにつれ、「我々は企業のアプローチに関しエンゲージメントを始めます」とウィルソン氏は語る。EEO-1レポートは、人種・民族はいくつかの区分によって、また性別については10の職業的な階層それぞれに分類され、企業の従業員に関する詳細なデータを提供する。
企業側も行動を起こすことに同意
今回の株主総会シーズンでは、カルバートが関与する上位100社の多くで、企業側が透明性の強化を含め多様性に関する施策の改善を行うことに同意した後、株主提案の多くが取り下げられた。
現在公表されていないEEO-1レポートの公表をカルバートに要請されると、これら100社の多くが応じた。すでに同報告書を公表している15社に加え、1月までにさらに27社が自社の報告書の公表に同意した。カルバートの要請を拒否または無視した他の企業について、同社は16の決議案を提出しており、さらなる対応を検討するとウィルソン氏は言う。
企業は取締役会の多様性に対する投資家の関心にも対応している。ISS社によれば、昨年だけでも、取締役会に人種または民族の観点から多様性のあるメンバーが少なくとも1人いる企業が占める比率は、S&P500種指数構成企業で88%から95%に、ラッセル3000指数構成企業で54%から73%に上昇した。性別の多様性は依然として懸念材料ではあるが、今年の議決権行使方針ではそれほど焦点が当てられていない。
次の株主総会シーズンを展望した場合、「私はこのトレンドが継続すると予想します。気運が高まっているのは間違いありません」とマイケル氏は言う。
ESG評価機関のジャスト・キャピタルによる新たな調査研究でも、多くの企業が取締役会に対する要請を理解し、取締役会メンバーや取締役候補に関する人種や民族的データを開示している米国企業の中で、最大手上場企業の比率が上昇していることが明らかになっている。独立系リサーチNPOである同機関が公表しているコーポレート・レイシャル・エクイティ・トラッカー(企業人種的平等調査)は、大型株指数であるラッセル1000指数における雇用者数上位100社が開示したDEIデータを集計している。この調査により、企業が多様性、公平性ならびにインクルージョンに関するコミットメントをどの程度充足しているかを、投資家はチェックすることができる。2019年にデータを開示していたのは45%に過ぎなかったが、わずか2年で、取締役会における多様性が低い企業を含め、80%にまで膨らんでいる。取締役会の人種や民族の多様性(%)に関しては、20~30%が最も一般的なレンジとなっている。
企業がどの程度、投資家の声に耳を傾けているかを示すもう一つの指標は、役員報酬だ。ファリエント・アドバイザーズLLCの分析によれば、S&P500種指数構成企業の報酬開示は、企業の取締役会が役員報酬を決定したり、報酬目標を設定する際に、DEIにより細心の注意を払う傾向を示している。
カリフォルニア州を本拠とし、役員報酬とコーポレートガバナンスに関するコンサルティングを行うパサデナ社は、企業、大手公的年金基金やミューチュアルファンドが役員報酬提案に議決権を行使する際に助言を行っており、最高経営幹部の報酬制度を算定する上で、DEI要素を含めているS&P500種指数構成企業は全体の3分の1であることを明らかにした。
多様性と役員報酬
金融機関は、成功報酬や報奨を決める際に58%がDEIを参照しており、役員報酬を多様性に結びつける上で最大限の努力をしている。一方、自動車、レジャーや高級衣料といった一般消費財・サービスを提供する企業は、18%と対極となっている。ファリエントによれば、企業はDEIに関する自らの立場を見出そうとしており、DEI達成度を計測する経験を積むにつれ、より多くの企業が報酬に関する決定を下す際に、DEI目標をどのように判定し設定するかを、計量化して開示することが期待されている。
また、企業は、証券取引委員会(SEC)によって、多様性開示が加速する可能性についても備えを進めている。同委員会の開示制度を更新する上でのより広範な取り組みの一環として、多様性と気候関連リスクを含む人的資本に関する情報が最初の課題となるとみられるので、SECスタッフに具体的提案を詰めるように指示したと、ゲーリー・ゲンスラー委員長は述べた。
最近の金融規制当局者会議で、ゲンスラー氏は更なる開示要求への予想される抵抗に正面から取り組むと表明した。「経験則によれば、開示要件は世代にわたる経済活動の強化を可能にしており」、投資家や資産形成、そして資本コストに対して支援をしていると、同氏は述べた。SECが1930年代に情報開示を規制し始めて以来、「資本主義の終焉を告げる」との異論が唱えられて来たが、これまで裏付けられていないと、ゲンスラー氏は付け加えた。
DEI支持者にとっては、7月7日に、資産運用業界における不均衡を対象とする多様性とインクルージョンに関する小委員会からのいくつかの提言を、SECの資産運用諮問委員会が満場一致で承認したことが追い風となった。小委員会では、登録投資顧問会社による①全従業員、役職者、オーナー、ファンド理事会の人種的多様性に関する開示拡大、②コンサルによる同様の開示、③コンサルの利益相反に関する開示への精査強化、の3段階から成る提案を行った。
同提案は現在SEC職員の管理下にある。ゲンスラー氏は提案を取り上げる意向を示し、委員会のメンバーにSECが改善策を検討すると伝えた。「資産運用業界は、人種や性別の多様性について取り組むべき課題が多い」と同氏は付け加えた。
DEIに関して、企業やアセットオーナーならびに資産運用会社の進展を支援すべく、総額8兆米ドルの運用資産を擁する14の機関投資家を代表するインスティテューショナル・リーダーシップ・ネットワーク(ILN)は、公平性・多様性・インクルージョンに関する活動を彼らの組織に統合する目的で、投資家と企業が利用可能な包括的金融プラットフォームの構築に取り組んでいる。
同ネットワークは、議決権行使シーズンならびに年間を通して、DEIに関し協調的進展を後押しすることも期待されている。「我々の組織は、共通の目的に向かって協力することで、意味のある影響を与え得ることを示してきた」と、ILNの投資イニシアチブの多様性に関する共同リーダー兼3,655億加ドル(2,972億米ドル)の運用資産を擁する、モントリオール本拠のケベック州貯蓄投資公庫(CDPQ)のステュワードシップ投資担当シニア・ディレクターを務めるフランソワ・クレメ氏は、ILNのプラットフォームに関するステートメントで述べた。
その他のILNメンバーには、サクラメント所在の運用資産4,702億米ドルを擁するカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)、オランダのヘールレンに本拠を置く運用資産4,953億ユーロ(5,911億米ドル)のABP(オランダ公務員年金基金)、ならびにトロント所在の運用資産1,050億加ドルのオンタリオ州職員退職年金基金(OMERS)が含まれる。