執筆者:ソフィー・ベイカー
市場や社会が2020年を歴史書に委ねるのに伴い、2021年の見通しについて慎重ながらも楽観視しているエコノミストは、2019年の主要なテーマであったコロナ禍は消えないことを警告している。
実際のところ、金融市場での最大の潜在的上振れ要因であるワクチンの大量生産および流通が、ウイルスの拡散阻止に何らかの形で失敗すれば最大の潜在的下振れ要因ともなり得る。
「もしワクチンが失敗に終われば、我々は苦境に陥る。」とニュージャージー州ニューアーク在住のPGIMフィクスト・インカムのチーフエコノミスト兼グローバル・マクロリサーチ責任者のネイサン・シーツ氏は述べた。「次の課題は、ワクチンの配布に関わるリスクおよび接種が進むかどうかだ。もう一つの重要な課題は、新興諸国へのワクチンの配布がアストラゼネカ製のワクチンに著しく依存することだ。」
新型コロナウイルスの感染拡大とその後の拡大を制御すべく行われた世界各国での封鎖や経済活動の停止は、金融・財政政策にかつてないほどの多様な影響を与えている。各国の中央銀行はかつてない程の低水準やレンジまで利下げを行い、債券買い入れプログラムを拡大した。欧州中央銀行の場合、欧州連合の参加諸国とともに2兆ドルを超える規模のパンデミック緊急購入プログラムを創設した。世界各国の政府も雇用維持プログラムや事業の継続および失業の抑制のための一連の政策に着手した。米国ではコロナウイルス支援・救済・経済保障法(CARES法)が成立した。同法による施策は米国GDPの約15%におよぶ規模で、2008~2009年の世界金融危機時に対処すべくまとめられた2009年の景気刺激策(GDP比5%)を大きく上回る。
2020年12月28日には、トランプ大統領は9,000億ドルにおよぶ追加コロナウイルス刺激策を盛り込んだ法案に署名し発効させた。
そして、昨年3月には、パンデミックの現実が世界中に広まるにつれて市場は急落し、3月23日にはS&P 500 指数は35%近い下落となったが、その後市場は景気刺激策によく反応した。年間では、S&P 500 指数は2019年の31.5%に対し2020年は18.39%の上昇となった。一方、MSCI オール・カントリー・ワールド・インデックス(ACWI; 先進国および新興国の大型株ならびに中型株で構成される指数)は2019年の26.6%に対して、2020年は16.83%の上昇となった。
運用機関所属エコノミスト間の一般的なコンセンサスでは、2021年は「ワクチンが普及し経済の再開が完了することで、力強い景気回復がもたらされる」と、ロンドンのブルーベイ・アセット・マネジメントLLPのチーフ投資ストラテジストであるデビッド・ライリー氏は述べた。
とは言え、比較的強気の見方は「下振れリスクにより焦点が当たりやすい」ことを意味する。「具体的には、如何に素早くワクチンが普及し、経済が完全に再開可能な段階に至るかに関わる。」
ワクチンの効果が期待を上回る可能性があることもコンセンサスを得た見方となっている。
「と言うことは、集団免疫の獲得のためにワクチン接種が必要となる人口の全体に占める割合はずっと少なく、(集団免疫獲得は)更に早く達成される可能性があり、夏までに経済が完全再開する可能性がある」と、ライリー氏は述べた。
しかしながら「ワクチンの普及が大きく遅れ、第3四半期または第4四半期までに集団免疫が得られず、経済が完全に再開しない場合は下振れリスクとなろう。景気回復が期待に届かない場合も同様だ。更に、コロナ禍で最も打撃を受けたセクターの中でも投資家が価値を認めリスクを進んで取る際も、こうした事業のいくつかは生き残れない」とライリー氏は警告した。
これまでにみられた回復は「当初の想定より活発で動きが早い」ことが明らかな一方、リスクはおそらく下方に傾いている、とトロント所在のRBCグローバル・アセット・マネジメント(RBC GAM)のチーフエコノミストであるエリック・ラッセルズ氏は言う。とは言え、同氏は、今は「正常な状態だと」見ている。「パンデミックや戦争が始まれば、上振れリスクはほぼない」と同氏は付け加えた。
RBC GAMは下振れリスクを幾らか検討している。ウイルス自体を除いて潜在的なリスクは、「ワクチンを楽観視し過ぎることだ。私自身もワクチンの高い有効性を好感しているし、普及が順調に進み、ワクチンの配布は対処可能だとかなり自信をもっており、集団免疫の達成は十分可能とみているが、保証はない。」とラッセルズ氏は述べた。「市場は今のところ完璧に近いものを想定しているようだが、そうならない可能性は色々ある。」
ラッセルズ氏が見ているもう一つのリスクはインフレに関するものだ。他のエコノミストも2021年にインフレ関連材料が市場に戻るとみているが、懸念事項とは認識していない。
「我々の予測はかなり穏やかだが、想定外の高インフレは、想定外の低インフレがもたらすものより深刻だろう。低インフレへの対処方法はわかっているが、想定外の高インフレは金融引き締めによる対応が必要なことから問題があり、金利上昇は歓迎されないだろう」と、ラッセルズ氏は述べた。
金融ならびに財政政策の進展は、2021年に繰り越されるリスクとして、他の情報ソースに引用されている。
JPモルガン・アセット・マネジメントのロンドン在住のマネージングディレクターで欧州、中東ならびにアフリカ担当のチーフ市場ストラテジストであるカレン・ウォード氏は、上半期末には社会は正常に戻り得ると楽観的だ。
但し「私の前向きな見方は、基本的に現在の金融ならびに財政政策の継続が土台になっており、景気低迷時には極めて重要だが、景気回復時にも引き続き、それらの施策が牽引役となる。」とウォード氏は述べた。
同氏にとって2021年の主要なリスクは当局が景気回復を引き続き後押しすることができないことであり、「インフレが顕在化した場合のみ、そのリスクが発生し得る。中央銀行はコロナ禍が経済の供給サイドに需要以上の損害を与えたという事実に対処しなければならず、その時点では、あらゆることが一層困難になるだろう。」と述べる。
インフレは同氏のメインシナリオではないものの「とりわけ金融市場への影響が極めて大きいので、あらゆるインフレに関わる指標や兆候に注目している。と言うのは、インフレが究極の下振れリスクだからだ」、とウォード氏は述べた。
ベアリングスLLCのチーフ・グローバル・ストラテジストで、ボストン所在のベアリングス・インベストメント・インスティテュートの責任者であるクリストファー・スマート氏は、金融市場にとって最大の課題は、「金融緩和がどれだけの早さで縮小し始めるか?正常化に向けた動きがどの程度迅速に開始されるか?」だ。同氏は、2021年は金融引き締めの年ではないと考えているが、2022年と2023年には「市場は金融引き締めも視野に入れるべきだろう」と言う。
金融支援が薄れることがないと確信しているものの、今年の初旬は依然として厳しい、とエコノミストは警告する。しかしながら、財政政策が、前半の厳しい年から後半のある程度の回復へ向けて橋渡しをしてくれるだろう」とPGIMのシート氏は言う。
中央銀行や各国政府が、経済を継続して支えるために苦境から抜け出す施策を行うことを、運用マネジャーもほとんど疑っていない。
「中央銀行と各国政府は2021年の景気回復を引き続き支援するだろう」とUBSアセット・マネジメントのNY在住のマルチアセット戦略責任者であるエバン・ブラウン氏は言う。「景気回復に伴い、金融政策立案者は有効な追加金融刺激策を労せず打ち出せるだろう。財政刺激策は2020年の極めて高い水準から徐々に縮小するとみられるが、財政赤字は依然として続くが、広範かつ財政支援策の時期尚早な引き揚げの可能性は極めて低い」という。
景気回復が障害に直面する、あるいは反落するような事態が生じた場合、「各国政府、特に先進諸国には十分な対抗手段と遂行すべき戦略があるので、2020年と同様に行動すべきだ。」とブラウン氏は付け加えた。
しかし、政策決定者はCARES法などの財政措置に加え、さらなる施策を実施する必要があるという見方もある。
ブラックロック・インベストメント・インスティテュート(本拠ニューヨーク)でマネージングディレクター兼グローバル・チーフ・インベストメント・ストラテジストを務めるマイク・パイル氏は直近の9,000億ドルの経済刺激策が合意される前に「今、この時点で、米国の財政措置議論がどう決着するかが重要な問題だ」とコメントした。
「(ワクチンについて)重要なことは、われわれがどこかへ橋を架けようとしていることを今われわれが知っているということだ。米国政府は昨年春にCARES法で深い谷の3分の2に橋をかけてみせたが、残る3分の1を渡れるようにできるだろうか。もし、完璧ではないにせよそれができれば、家計や、企業、労働市場が直面する困難に関わる米国経済へのダメージを抑えられるだろう。それが達成できれば、ワクチン普及へのお膳立てが整い、とりわけ夏以降、米国経済は急回復するだろう。もし対策が不十分に終われば、より大きなダメージが発生するリスクが再度浮上するだろう」とパイル氏は言う。
同氏は1月8日、カマラ・ハリス次期副大統領の上級経済顧問に指名された。
1月5日のジョージア州上院議員決選投票の結果、民主党が連邦議会上院の多数派となったことから、財政支出は拡大すると予想されている。
しかし、経済的ダメージの大きさは一部の経済学者にとっては深刻な懸念材料だ。
ニューヨークのS&Pグローバル・レーティングでグローバル・チーフ・エコノミストを務めるポール・グルエンウォルド氏は「ダメージがあることは分かっており、コロナ後の経済活動の水準は明らかに下がっているだろうが、問題は各国の成長率もコロナ禍以前より下がっているかどうかだ」と言う。「われわれは、ダメージを受けるのは経済活動の水準だけであり、2008年の世界金融危機後と同様、世界経済の成長潜在力に大きな変化はないとみている。供給サイドに対するダメージは限られ、軌道は低くなるものの、コロナ禍以前の成長の道筋は維持される」と同氏は語る。
フェデレーテッド・ヘルメス・インクの国際運用部門シニア・エコノミストを務めるシルビア・ダランジェロ氏(拠点ロンドン)にとっての主要なリスクは労働市場へのダメージで、同氏は「ロックダウン(都市封鎖)と経済活動の危機の期間に失業率が急上昇した」が、この状況が長引けば人々の失業状態も長期化すると指摘する。
企業の雇用維持を支援する財政措置はとられているが、リスクは「そうした措置には長期的な目標がないことだ。経済の回復が実際に持続可能で、かつ持続されるには、物理的インフラおよび非物理的インフラ(教育、研究、労働力の再訓練)への投資が必要だ」と同氏は語る。
政治問題からの脱却なるか
2020年は政治が主役だったが今年は脇役になると一部の経済学者はみている。JPモルガン・アセット・マネジメントのウォード氏は、米国の大統領選と英国のEU離脱の最終交渉に言及し、「こうした政治的不確実性が解消され、今年後半の成長が加速すると願っている」と語った。
ユニオン・インベストメント・インスティテューショナルGmbHでマクロ・戦略責任者を務めるミヒャエル・ヘルツム氏(拠点フランクフルト)は、ブレグジットは「もはや2016以降そうであったようなグローバルリスクですらない」と言う。
しかし、地政学的緊張、とりわけ米中の対立は今年も続くとみられる。
リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメントLtd.でマルチ・アセット・ファンド責任者を務めるジョン・ロー氏(拠点ロンドン)は、「米国の政権交代で政策が変わることはない。米中間には解決できない問題がある。支配的な大国と新たな大国が存在し、新たな大国が支配的な大国を脅かす時に衝突が起きる」と語る。
フェデレーテッド・ヘルメスのダランジェロ氏は、ジョー・バイデン次期大統領の中国との交渉は「より外交的で予測可能だろう」と考えているが、だからといって「手加減するわけではなく、必要であれば、知的財産権について西側諸国と共同戦線を張り、技術移転や基本的に競争を歪める国家に対する援助を回避する可能性がある。人権問題についても手加減はしないだろう。西側諸国と主として中国との間の緊張関係は、この脱グローバル化という幅広い枠組みの中で継続すると思う」と語る。
ユニオンのヘルツム氏は、欧州もバイデン氏の大統領就任から恩恵を受けると言う。「われわれにとっては、信頼性と一貫性が向上し、刺々しさが減ることを意味する。最悪の危機がほぼ終わるときに就任することから、次期大統領の人気と上院の共和党に対する交渉力が高まり、チャンスだと思う。国際貿易において多くのことが回復するであろうからとりわけ欧州にとってプラスになる」と同氏は語った。
しかし、注意すべき選挙がもうひとつあるという。それはメルケル首相の後任が決まる9月のドイツ総選挙だ。
「ある意味、このリスクはやや過小評価されていると思う。メルケル氏は15年間にわたってドイツ、さらには欧州全体の指導者だったのだから」とダランジェロ氏は言う。
メルケル氏の過去の決断に賛同しない人々もいたが、「同氏は真のリーダーシップを発揮してきた。それは新型コロナウイルス対策として、極めて重要な復興計画案をフランスと連携して推し進めたことにも表れている。同氏が欧州政治の表舞台から去るのは大きな問題だ」とダランジェロ氏は言う。「メルケル氏が果たしていた大きな役割を引き継ぐのは容易ではない」
一方、アムステルダムのAPGアセット・マネジメントでシニア・ストラテジストを務めるティース・クナップ氏は電子メールによるコメントで、2020年に政治家と中央銀行がとった行動は、全体として「長期的な見通しを変えた。最も目立つ遺産は政府債務の増加だ。この状況がすぐに変わる見通しはなく、かなりの期間にわたって低金利を維持する理由のひとつになるだろう。中央銀行は景気を刺激し続ける余地を拡大しており、そうした施策を実行するだろう。また、政府は経済への将来の介入を容易にする一線を越えたとみられ、外国の干渉から自国の企業部門を保護することに関心が高まっていることもあり、経済政策が増加し、自由放任主義は後退すると予想される」と語った。
同氏は、バイデン氏が米国の大統領となり「積極的な貿易および投資政策は国際関係の新しい長期的な要素となるだろう。EUは危機によって再び鍛え上げられた結果、2020年初頭よりも強力になって2021年を迎えた。同様に中国も、新型コロナウイルスの感染抑制において先進国の多くと比べて極めて優れた成果を上げた。その結果、多極的な世界への移行が足元でかなり進行している。とりわけ、われわれのような国際的な投資家にとって、これは第二次世界大戦後の米国を中心とした秩序からの興味深い変化となるだろう」と語った。