執筆者:ソフィー・ベイカー
新型コロナウイルスによるパンデミック及びその衝撃を緩和するための前例のない措置の影響を評価するために一息つくことができると投資家が考えたちょうどそのときに、マーケット・ウォッチャーは2022年も不確実な年になると警告を発している。
「2022年は私にとって他の年とは異なる。なぜなら、私たちがいる目にするパンデミック後の投資環境が姿を表すからだ」と、リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメントのロンドンでマルチアセット・ファンドの責任者を務めるジョン・ロー氏は語った。同社の6月末時点の運用資産残高は1兆3,300億ポンド(1兆8,400億ドル)。
世界は「大規模なグルーバル・ショックと規格外の政策」を体験し、その結果、市場は大幅に回復した。S&P500指数は2020年に16.3%上昇したあと、2021年も29%近く上昇して終え、2020年の年初から同年3月23日までの35%の暴落を大幅に回復した。
「経済学は常に線が引かれた紙の上に描かれるが、現実には多次元で流動的なシステムであり、このシステムを思い切り強く叩くと、変えることができる」とロウ氏は述べた。経済が即座に反発することにより本当の影響は覆い隠されるだろうが、その効果が薄れるにつれ、経済が被った傷が明らかになる。「私が2022年は不確実だと考えるのは、そこのところだ」とロウ氏は語った。
業界情報筋の見方は2つの点で概ね一致している。1つ目は、2022年も世界のGDP成長率はプラスになり、過去数年よりペースダウンするものの、予想のレンジは4〜5%となっている。これに対し、国際通貨基金(IMF)の10月予測によると2021年の世界生産高の成長率は5.9%と推定されている。
2つ目は、この成長がいくつかの潜在的な脅威にさらされているということだ。新型コロナウイルスそのものが、最近のオミクロン変異株に関する未知数により、エコノミストが挙げるリスク要因の最上位にある。さらに不確実性の要因として、中央銀行がとる金融政策の道筋とその速度、もはや一過性ではなくなったインフレの問題、そしていくつかの国で予定されている選挙がある。
「当社は2022年も世界経済の成長やインフレがトレンドを上回る年になると考えている」と、ブルーベイ・アセット・マネジメントでロンドン拠点のチーフ・インベストメント・ストラテジストを務めるデービッド・ライリー氏は述べた。インフレが米国で持続的な問題とされており「世界では金融政策の引き締めが行われることから、今年は転換点となろう」。
その結果、「一方には依然として良好あるいは堅調に見える景気回復および好調な企業業績、もう一方には引き締めに移行しつつある流動性や各国(特に米連邦準備制度理事会[FRB])の金融政策があり、両者間で綱引き状態を生むことになり、さらにバリュエーションもかなり割高となっている。よって、悪材料があったとしても、(値動きの余地)は限られてくる」とライリー氏は語った。「さらに悪材料としては、新型コロナウイルス、予想を上回る中国経済の減速、その他のショックなどがありうる」。 ブルーベイの9月末時点の運用資産残高は800億ドル超。
オミクロン株が不確実性を増幅
RBCグローバル・アセット・マネジメントにおけるトロント拠点のチーフエコノミスト、エリック・ラッセルズ氏によると、オミクロン変異株をめぐる不確実性が、彼が2022年の景気後退リスクの確率を25%とする理由のひとつだ。「経済が回復する可能性の方が高く、景気循環が破綻する可能性は低いと思うが、現在われわれは不確実な世界におかれている。ワクチンも新たな変異株に対しては効果がない可能性があり」、金融政策や景気刺激策は解消されつつあり、インフレが市場の予想を上回る可能性もある、と同氏は述べた。RBCグローバル・アセット・マネジメントの9月末時点の運用資産残高は4,670億ドル相当。
こうしたリスクにより2022年の見通しが極めて不透明であることから、ブラックロック・インベストメント・インスティテュート(BII)は同社の2022年見通しの柱となる3つのテーマのうち、1つを「混乱を切り抜ける」と名付けた。
「2022年も株式のリターンはプラスになり、債券のリターンは若干マイナスになる、という当社の基本シナリオにはリスクがあることを、認めたいと考えている」と、ロンドンを拠点とするBIIでマネージングディレクター兼グローバル・チーフ・インベストメント・ストラテジストを務めるウェイ・リ氏は語った。「現在経験しているような経済の再スタートはこれまで一度もなかった。われわれが新たな現実に適応するなかで、政策立案者や市場に混乱が生じるのはごく自然なことだ」。
企業幹部は「さらなる堅調な経済の再スタートと、さらなる超低実質金利の組み合わせを期待しているが、今後の経済の行方はさまざまであり、よって当社はリスクテイクの姿勢を従来に戻したのである。当社は市場について引き続き前向きな見方をしているが、混乱をテーマにしたことで、以前より慎重になった」とリ氏は語った。ブラックロックの9月末時点の運用資産残高は9兆4,600億ドル。
流動性の引き揚げ
2022年のリスクという点で、僅差で新型コロナウイルスに次ぐ2位の位置にあるのが、各国中央銀行の政策変更であり、なかでもFRBの動きは最も重要で影響力が大きい。したがって、エコノミストもインフレ及びインフレに関する政策立案者のメッセージを、注意深く見守ることになるだろう。特にFRBとカナダ銀行はインフレに言及する際に「一過性」という言葉を使用しなくなった。
「市場は一貫性を好む。中央銀行のメッセージは(特に米国の場合)、市場が発しているメッセージより若干タカ派寄りになった」と、ニューヨークを拠点としPGIMフィクスト・インカムでマネージングディレクター兼共同CIOを務めるグレゴリー・ピーターズ氏は語った。「債券市場では、短期債の方がより早い時期により積極的に利上げの動きを価格に織り込む。そして世界的に同様の動きが起きている。市場を動かしているのは、言葉使いの変化だ」。同社の9月末時点の運用資産残高は9,640億ドル。
FRBの利上げ動向のカギとなるのはインフレであり、「真の関心事項」は米国の労働市場だ、とニューヨーク拠点のS&Pグローバル・レーティングでグローバル・チーフ・エコノミストを務めるポール・グリュンワルド氏は述べた。FRBは、雇用を最大化する、すなわち失業率が4%を下回るまで好景気を維持する政策によって、自身を「自作の苦境」においてしまった。11月の失業率は4.2%であった。「しかし、米国は労働市場を元に戻すのに苦労している」と、グリュンワルド氏は指摘し、企業が従業員を職場に引き戻すため給与水準を引き上げていることから、賃金インフレにより「FRBが利上げ時期を早める地盤を作るだろう」と警告した。
これに対し、欧州では解雇よりも一時帰休(所得補償)が選択され、労働者と企業とのあいだのきずなは断ち切られなかった。米国は「新型コロナウイルスが原因で経済を停止させ、現在はこれを再開しようとしている。しかし、欧州のモデルでは労働者と企業がきずなを維持していたため、経済再開はよりスムーズだ」と、同氏は付け加えた。
インフレ圧力
資産運用業界のエコノミストは、インフレによってFRBの利上げスケジュールが狂う可能性があるという点で一致している。
「市場にとって重要なリスクは、中央銀行がインフレ圧力の高まりを懸念し始め、急ブレーキをかけることだ。しかし、その可能性は低いと当社は考えている。中央銀行は2021年を通じて、経済の回復についてはリスクを一切取るつもりがないことを明らかにしてきた。戦略的には、引き締めが早過ぎるより、遅過ぎることで誤りを犯したと判明する方がはるかに好ましい」と、JPモルガン・アセット・マネジメント(JPMAM)ロンドン在籍マネージングディレクターで欧州、中東ならびにアフリカ担当のチーフ市場ストラテジストであるカレン・ウォード氏は語った。 JPMAMの9月末時点の運用資産残高は2兆7,000億ドル。
FRBが利上げの意向であることはすでに市場関係者に漏れ聞こえてきているものの、「来年のマーケットの主なリスクは、FRBが市場に織り込まれている以上にタカ派にならざるを得なくなることだ」と、ユニオン・インベストメント・インスティテューショナルのフランクフルト拠点でマルチアセット戦略の責任者を務めるミハエル・ヘルツム氏は語る。同社の6月末時点の総運用資産残高は4,270億ユーロで、そのうち2,320億ユーロ(2,762億ドル)が機関投資家からの資産。
業界情報筋の間では、2022年の主要中央銀行のスタンスには違いが出てくるであろう、と意見の一致を見ている。FRBは今年中に引き締めを開始する予定だが、欧州中央銀行 (ECB)の利上げの開始は2024年になると見込まれている。一方、イングランド銀行はすでに昨年12月に、0.1%から0.25%へと利上げを敢行している。
UBSアセット・マネジメントのニューヨーク拠点でマルチアセット戦略責任者を務めるエヴァン・ブラウン氏によれば、中央銀行の政策に違いが出てくるということは、「外国為替市場にも大きく差異が出てくるはずだ。昨年は全面的なドル高の動きが見られたが、今年はもっと差別化が進み、戦術的なアセットアロケーションを行う当社のような投資家にとっては、一段と興味深く、妙味のあるマーケットになりそうだ」ということだ。
また財政政策にも「大きな違い」が出てくるとブラウン氏は述べた。「米国では、昨年の財政出動が大きかっただけに、今後の財政出動は減少するだろう」。一方、欧州では、金融緩和政策が継続されるだけでなく、財政出動も「米国のように低下することはないだろう。ちょうど今EUでは復興基金の支出が始まったばかりだし、相対的に見て、今後数年間はグリーン投資が欧州においてはますます重視されるようになるだろう。欧州株にとってこれは良い組み合わせだ」と同氏は付け加えた。UBSアセット・マネジメントの9月末時点の運用資産額は1.2兆ドル。
好材料と悪材料
明るい材料としては、「消費者も企業も共に見通しが力強く、自然の回復力がある」とRBC グローバル・アセット・マネジメントのラッセルズ氏はいう。「問題は他の要因が障害となって軋轢を起こすことだ。しかし、伝統的な経済理論に照らし合わせれば、この2つの要素は非常にいい状態にある。最新のオミクロン変異株を乗り越えるまでは、しばらく懐疑的に見る必要はあるが、年内には新型コロナウイルスの感染状況も収まるだろう」と彼は付け加えた。
また、J.P.モルガンのウォード氏は、企業の見通しが明るい点について次のように強調した。「投資意欲が旺盛だ。パンデミックに打ち勝つために、企業は新技術の導入を余儀なくされているし、一方で投資の狙いが、生産の国内回帰の動きに伴って労働力不足を資本で補っていることの反映でもある。いずれにせよ将来の生産性を高める良い兆候と言えるだろう」と彼女は指摘した。
業界情報筋は、欧州と日本は2022年には好材料になるだろうと注目しているが、世界経済に対する最大のリスクとなる国を選ぶとすれば中国を挙げている。
エコノミストは、中国の成長率が2021年の約8%から今年は約5%に減速すると予想している。ミラボー・アセット・マネジメントのジュネーブ拠点でチーフエコノミストのジェロー・ユン氏は、「中国の大幅な景気後退」は世界の成長にとってのリスクであると述べている。同社の9月末時点の運用資産残高は95億スイスフラン(102億ドル)。
不動産不況や新型コロナウイルスのショックなどにより、中国経済は「予想以上に速いペースで減速している」と指摘するのは、ノルデア・アセット・マネジメントのルクセンブルク在籍シニア・マクロ・ストラテジスト、セバスティアン・ガリー氏だ。そのため、中央銀行である中国人民銀行は、経済的に脆弱な部門を対象に利下げを行うなど、政策緩和に乗り出している。ノルデアの運用資産残高は2,810億ユーロ。
しかし、中国の成長率の低下は問題にはならないかもしれない。UBSのブラウン氏は、投資家は「中国の成長鈍化を恐れるべきではない。それは、中国の経済成長がより持続可能なレベルへと変容しているのは、良いことだからだ」と指摘した。しかし、中国は「バランスをとるのが難しい国」であり、大きな変化が「世界経済にマイナスの影響を与える」可能性があることはブラウン氏も認めた。また、中国と米国の緊張関係が続いていることも地政学上の潜在リスクとして挙げられる。
BIIのリ氏によれば、同社の地政学的リスク指標は「上昇し始めているが、まだ4年来の低水準」だそうだ。これは、「今はコロナウイルスばかりに注目が集まっていて地政学的リスクに関心が低いため、投資家にとっては不意を突かれる可能性がありうる」ことを意味すると企業幹部は読んでおり、リ氏もその点は理解できると述べた。
米中関係は同研究所が特に注目しているリスクだ。「2つの超大国は(依然として)対立関係にある」し、中国と台湾をめぐっても緊張が高まっているとリ氏は付け加えた。
しかし、2つの超大国は今のところ「少しトーンダウンしようとする意向がうかがえる。と言うのも、どちらも国内の懸案事項を優先する必要があるからだ」とリ氏は述べた。
高い地政学上のリスク
別のエコノミストたちも地政学上のリスクを懸念している。
アムステルダムを拠点とするAPG アセット・マネジメントのチーフエコノミストであるティ-ス(Thijs)・ ナップ氏も、「地政学的リスクは盛んに議論されており、2022年にはロシアか中国が関わる何らかの紛争が発生する可能性があるだろう」とEメールで述べた。APGの10月末時点の運用資産額は6,220億ユーロ(7,191億ドル)。
しかし同じように国内政治にも注目する必要がある。2022年に予定されている欧州各国政治における数多くの選挙や政権交代を業界情報筋は強調している。
多くの注目を集めているのは、昨年選出されたドイツの新連立政権だ。一つの見方として、アンゲラ・メルケル前首相から新政権へのバトンタッチが「とても重要だ。メルケル元首相は、間違いなく...世界の政治を安定させる力を持っていた」とPGIMフィクスト・インカムのピータース氏は述べた。
また、別の意見として、ドイツの新政権がEUの政治に新たな息吹をもたらし、EUに「新たな気力」を与えてくれるとナップ氏は語った。しかし、4月に行われるフランス大統領選挙で現職のエマニュエル・マクロン大統領が仮にも敗れた場合には、リスクとなりうるだろう、と同氏は警戒を発した。ブルーベイのライリー氏は、フランスの選挙は欧州市場にとって「間違いなく...大きな出来事だ」と述べてはいるものの、この選挙にまだ投資家の注目は集まっていない。
また、エコノミストにとってもう一つの考慮すべき材料は、今月に行われるイタリア大統領選挙でドラギ前ECB総裁(現イタリア首相)が大統領となり、政界の中心に戻ってくる可能性である。
また、今年の11月には米国の中間選挙があり、その結果次第では政治的に行き詰まることも予想される。それがプラスに働くかもしれないと、UBSのブラウン氏は述べた。「政治の手詰まりはマーケットにとってはプラスに働くことが多い。政治が手詰まりになれば、通常は劇的な事件が減ることはあれ、増えることはないのが常だから」と語った。
裏を返せば、バイデン政権には中間選挙の前に改革を進めよう、という意図があるのかもしれない。「米国議会の選挙の結果次第でバイデン大統領がレームダックになる可能性があるため、選挙前の10月までに多くの立法活動が行われることが予想される」とAPGアセット・マネジメントのナップ氏は指摘した。