執筆者:アーリーン・ジャコビウス
マクロ経済に暗雲が立ち込める中、一部の投資家や資産運用会社はプライベート・クレジットのポートフォリオを縮小し、企業のキャッシュフローに基づくダイレクトローンではなく、資産を担保とするローンにシフトしている。
プライベート・クレジットは、グレート・リセッション(2007年から2009年まで続いた世界的金融不況)以降、主としてプライベート・エクイティ(PE)をスポンサーとする企業向けのローンを中心に資産クラスとして成長を続け、プレキンのデータによると、10年前の4,000億ドルから、今年の6月末時点では推定1兆2,500億ドルに達した。しかし、PE取引額が減少(第2四半期だけで50.5%減)し、インフレ率は40年ぶりの高水準にあり、また金利が上昇するにつれて企業が変動金利ローンの利払いに窮する事態となる懸念から、投資家や資産運用会社は資産を担保とするローンへ移行しつつある。航空機リースから、住宅、スポーツチームまで、あらゆるものが、こうしたローンの担保として活用されている。
「歴史的に、資産担保付投資はインフレに対するヘッジの役割を果たしてきた」と、ニューヨークを拠点にKKRのパートナー兼プライベート・クレジット担当の共同責任者を務めるダニエル・ピーターザック氏は指摘する。「ほとんどの融資は企業向けであるため、企業が破綻すれば、投資家は債務整理に直面することになる」。
投資家にとってダイレクト・レンディングのメリットは、金利の上昇に伴い利率が調整される変動金利ローンであることだ、と同氏は言う。しかし、それは、金利が上昇すると利払い額が増加することも意味し、最終的には当該企業の利益に影響を及ぼす可能性があるということだ、と同氏は指摘する。KKRは7月13日、同社初の単独型の資産担保付デット・ファンド、KKRアセットベースト・ファイナンス・パートナーズ(コミットメント総額21億ドル)の私募資金調達を完了した。同ファンドは、大規模で分散された金融資産および実物資産のプールを担保とするプライベート・クレジット投資を行う。
一例としては、2022年1月に、KKRは民間航空会社のジェット・エッジ・インターナショナルに7,500万ドルを融資した。これにより、同社に対してKKRが保有するエクイティおよびデットの総額は約2億6,500万ドルとなった。同社は6月に、世界的な航空グループのビスタ・グローバル・ホールディングスに買収され、KKRにはエグジットの機会が提供された。
それでも、マクロ経済情勢の影響を受けない投資戦略は存在しないことから、現在のような環境下では「当社は一定の注意を払う」とピーターザック氏は述べた。
同氏によると、「当社が慎重なのは、過去40年間、世界がこれほどのインフレを経験したことがなかったからであり、事実、インフレは全ての人に影響を与える。コストの上昇が及ぼす影響については、われわれはまだ初期の段階にある」。
アセットのシフト
既存のプライベート・クレジット・ポートフォリオは影響を受け始めている。例えば、ブラックストーンによれば、2,300億ドルの運用資産を擁する同社プライベート・クレジット・ポートフォリオのリターンは、2021年第2四半期が4.8%であったのに対し、2022年第2四半期はマイナス0.1%となった。
同社の社長兼最高執行責任者(COO)であるジョナサン・グレイ氏は、7月21日の電話による決算説明会で、PEの取引件数が減少すると、プライベート・クレジットのディール組成にマイナスの影響が及ぶ可能性がある、と述べた。さらに、金利が上昇すればプライベート・ローンの魅力が後退し、ネット・キャッシュフローとリターンに影響を及ぼすが、「今、それが市場で起きつつある」と述べた。
「しかし全体としては、それが当社のポートフォリオにとって大きな問題であるとは考えていない」と同氏は語り、クレジット業界全体のデフォルト率は「かなり低く」、また、こうした環境下で銀行はより慎重になっている。そして「まさしく、それがプライベート・レンダーにとって投資機会を生んでいるのだ」と、グレイ氏は強調した。シアトルを拠点とし、リスク・コンサルタントのクロールでオルタナティブ資産に関するアドバイザリー・サービス担当のマネージングディレクターを務めるデビッド・ラーセン氏は、現在の市場環境はプライベート・デットの信用力にも打撃を与えつつあると指摘する。
金利上昇、信用スプレッドの拡大、インフレによる企業業績への打撃、そして景気後退の可能性などから、企業の信用力は「これまでよりも劣化する傾向にある」と同氏は指摘し、こうしたリスクに対して運用マネジャーが求める、案件ごとの目標リターンも上昇するだろう、と語った。
資産担保付ローンはこうした問題をある程度軽減してくれるが、金利上昇の影響はローンに資産担保を付けたぐらいで相殺できるものではない。
有担保ローンの価値は無担保ローンほど急激に低下しないかもしれないが、「方向としては、両者とも同じ方向に向かう」と同氏は言う。
何年もの間、金利が横ばいだったので、ローンの貸付先企業が少なくともその企業価値を維持し、ローンの利払いには耐えられるだろう、という根拠のない安心感を投資家は持っていた、とラーセン氏は言う。
「穏やかな海で船を漕いでいたら、突然、四方から大きな波がやってきた。だからといって、船が沈むわけではない。ただ、もっともっと慎重にならなければならないということだ」とラーセン氏は語った。
インフレヘッジ
80 億ドルの運用資産残高を擁するクレジット運用会社、ホワイトオーク・グローバル・アドバイザーズで共同ポートフォリオマネジャーを務めるアンドレ・A・ハカク氏は、同社ではインフレヘッジの観点から、資産担保ローンへの投資拡大を「非常に強く」志向していると述べた。
ローンの担保となる資産の中には、企業の業務に不可欠なものもあり、ローンは通常、その資産の担保価値に対して割引いて組まれるため、万一資産を差し押さえて売却ということになった場合も、貸し手は利益を上げられるだろう、とハカク氏は語った。
このような資産の中には、商品配送用のトラックや、ロボットに使われるサーバーなどが含まれていると同氏は言う。
その上、すべてのダイレクト・レンディングが同じリスク特性を持っている訳ではない、と同氏は指摘する。
ハカク氏によると、PEスポンサー型企業へのローンは、ダイレクト・レンディング全体の約5%に過ぎず、またプライベート・クレジット・マネジャーが融資していたPE投資先企業の多くは、高レバレッジであった。そのため、これらの企業は景気が悪くなると資金繰りが苦しくなり、同時に、金利の上昇に伴って借入金の利払いが増加するという事態に陥ってしまうだろうと、同氏は語った。
「こうした高レバレッジの企業の一部が利払いできなくなるケースを、今後数四半期に数多く見ることになるだろう」と同氏は述べた。
ボストンを拠点にTCWグループのプライベート・クレジット担当最高投資責任者(CIO)兼グループ・マネージングディレクターを務めるリチャード・ミラー氏は、現在の市場環境ではPEスポンサー型企業に融資している貸し手は、ポートフォリオの評価を下げ始めなければならないかもしれない、との見方に同意している。
コベナンツ・ライトと呼ばれる貸し手を保護するためのコベナンツがほとんどないローン契約が、ミドルマーケットには広く浸透しているとミラー氏は述べた。
「コベナンツ・ライト契約の場合、投資家の投資元本を保護し、貸し手に企業の問題解決を支援するテーブルに着く資格を提供する、融資の武器として非常に重要なツールを貸し手は放棄したことになると思う」と、同氏は語った。コベナンツがなければ、貸し手は会社の経営に影響を与えることもできぬまま、会社が価値を失い、資金が枯渇するのを「部屋の外から見ている」ことになる、とミラー氏は指摘した。
TCWのローンのほとんどはPEスポンサー型企業への融資ではなく、コベナンツ・ライトの融資契約も結んでいない、と同氏は述べた。
ミラー氏によると、資産担保ローンは従来からあり、景気が悪くなると人気が出る傾向にある。それは「人々が実物資産を担保に欲しがるからだ」。
TCWのローンの中には、実物資産ローンの要素が含まれているものもある。
同社のポートフォリオは、サービス業、ソフトウェアなどの資産をあまり保有していない企業、また鉱工業など多くの担保を設定している企業が混在している。
「融資のアプローチそのものに大きな違いがあるかどうかはわからない」とミラー氏は述べ、貸し手としては、担保価値の回復力を見ていると指摘した。
例えば、もし担保が不動産であれば、貸し手のリスクを軽減するために不動産を再利用したり売却したりすることが可能かどうかを確認する、とミラー氏は述べた。
「我々は貸し手として、楽観的になることで報酬を得ているわけではない。我々が正しければ、貸し付けた資金が戻ってくるだけである。PEとは違って、勝った分で損失を埋め合わせることができないのだ」と同氏は語った。
「プライベート・クレジット市場では楽観的な見方が拡大してきたように見える」とミラー氏は指摘した。というのも、コベナンツが少なく、EBITDA (支払利息、税金、減価償却費および償却費控除前の利益) に対する有利子負債の水準が高い融資が拡がっているためだ。
「もし、私がより楽観的な道を選択していたら、もっと心配することになるだろう」と同氏は述べた。