執筆者:ベイリー・マッカン
インフレは現水準でとどまるのだろうか?数カ月にわたってインフレが高止まりしているにもかかわらず、まだ結論を出すには時期尚早だ。そして、インフレの長期見通しに関して、またインフレがポートフォリオのパフォーマンスにとって究極的に何を意味するかについて、機関投資家の意見は分かれている。
8月11日に公表された7月の消費者物価指数(CPI)は、3ヵ月連続のインフレ上昇を記録した。CPIは7月に前年比5.4%上昇し、前月比では0.5%の上昇となった。しかし、インフレが低下し始める可能性を示す兆候も見られる。石油と食品価格を除いたコア・インフレ率は、7月に0.3%上昇して前年比4.3%となり、エコノミスト予想の0.4%、ならびに6月に記録した0.9%の上昇をいずれも下回った。
こうしたデータポイントは、消費者と投資家の双方がやきもきしているインフレが一時的であるとする議論に、ある程度の信憑性を与えている。
とは言え、インフレ率が現行水準を下回ったとしても、いずれにせよ米国はベースライン・インフレ率の上昇期に向かっていると論じるものもいる。アトランタ連銀総裁のラファエル・ボスティク氏、リッチモンド連銀総裁のトム・バーキン氏はともに最近の発言で、米国のインフレ率は連邦準備制度理事会(FRB)の2%目標を既に達成していることを確信していると述べた。
もしそうであれば、サプライチェーンと労働力に関する問題が解消すれば、両総裁が示唆するように、インフレ率は2%前後へ向けて正常化すると市場は期待すべきだろう。
それは、FRBが10年以上にわたって達成しようとして来たインフレ率であり、機関投資家ポートフォリオの長期的リターンに重大かつ潜在的にネガティブな影響を与え得るインフレである。
資産配分担当者としては、インフレ率の上昇が実際に顕在化するのか、そしてインフレ上昇が最終的に何を意味するのかに関して、依然として意見は若干分かれている。
「足元のインフレが一時的なものか、または永続的なものかの議論に関して、現在、我々は一時的とするサイドに傾いている」と1,799億ドルの運用資産を擁するオースティン所在のテキサス州教職員退職年金基金(TRS)で最高投資責任者(CIO)を務めるジェース・オービー氏は述べた。「そうした見解ではあるが、すべての投資家にとって、インフレ上昇のリスクが最大の関心事であるべきことについては同意見だ。」と彼は言う。
TRSはポートフォリオ運用におけるベースケースにインフレヘッジを組み込んでいる。
インフレ上昇を予想
一方、スーフォールズ所在のサウスダコタ州投資評議会(SDIC)で州の投資責任者を務めるマット・クラーク氏は、インフレ上昇に備えて来た。
「インフレの一部が一時的であることは認めているが、我々は早い段階から金利は低すぎるので、早晩インフレは上昇すると感じていた。我々から見ると、インフレは各所で顕在化していたが、量的金融緩和の影響で「市場、特に株式市場に偏っていた」とクラーク氏は述べた。現在は、実体経済において価格上昇の形で顕在化していると、同氏は指摘した。
クラーク氏は、今後数カ月がインフレ・ウォッチャーにとって決定的に重要になると見ている。多くの点で、インフレは究極の行動ファイナンス・ゲームだ、と同氏は主張する。経済活動の中で、持続的で意味のある賃金上昇が産業全体にわたって起こり始めた場合、例えば、より多くの人々が低賃金の仕事を辞め、より高収入の仕事を探そうとする心理的なスイッチを入れることが考えられる。
もし、そうしたことが起き、そして労働市場が引き続きタイトであれば、企業は価格の引き上げを含む対応を迫られるだろう。こうした要素が積みあがることで、消費者や投資家はインフレ期待のみで、インフレを上昇させ始めることになるだろうと、同氏は言う。
「まだ、インフレによって完全に心理的なスイッチが入る段階に至っているとは思わないが、サプライチェーンと労働力に関するいくつかの問題が解決しても、インフレが高止まりする可能性があるとの更なる証拠が見受けられる」 。
SDICは、運用資産125億ドルを擁するサウスダコタ州退職年金基金を運用している。
180億ドルの運用資産を擁するハワイ州職員退職年金基金でCIOを務めるエリザベス・バートン氏はこれに同意し、「我々は1年以上前にインフレを真剣に注視し始めたが、当時はだれもが、私が正気ではないと考えていた」と述べた。「しかし、我々のインフレ見通しは、資産配分モデルや資本市場の仮定に対して甚大な影響を与えている。我々はインフレが一時的ではないとの陣営に明確に属しており、インフレは長期的な課題になると考えている。」
3つの公的年金基金幹部に支持されたこれらの見方は、運用マネージャーの見解にも表れている。
ブラックロックのiシェアーズ・アメリカ部門でニューヨーク拠点の投資戦略責任者を務めるガルジ・チョードリー氏は、現在のデータ傾向から見て、米国は今後3年から5年にわたって、2%を超えるインフレを経験する可能性があると述べた。それは、過去10年間米国が経験して来た水準を上回るが、歴史的なピークからは程遠い。経済が最終的にどこに至るかは、インフレに関して消費者と投資家がそれぞれの心理をどの程度読み取れるかの問題となるだろうと、チョードリー氏は述べた。
対応策は
さまざまな意見があるということは、投資戦略に対するアプローチも多様であることを意味する。
TRSではインフレヘッジをベースケースに組み込むことにより、オービー氏はどのようなインフレ状態のいかなる変化にも正面から取り組もうとしている。「TRSはインフレヘッジを明確に目標に掲げ、不動産、エネルギー、天然資源、およびインフラを含む実物収益資産に21%の資産を配分しています。さらに長期(20年超)でみれば、グローバル株式に強い物価連動性があるため、TRSはグローバル株式に54%を資産配分しています」と同氏は語った。
ハワイ州職員退職年金基金も実物資産投資を検討している。バートン氏によれば、現在同基金は経済環境に対応して実物資産のポジション構築に取り組んでいるという。
より厳しい見方もある。クラーク氏は、米国株式および債券の両方について慎重なポジショニングに移行した。「我々は極めて早い段階でディフェンシブなポジションに切り替え、現在もその姿勢を変えていません。金利は上昇する必要があると我々は考えています。経済がより高い金利の下で機能しないのであれば、それはおそらく景気後退に陥っている兆候であり、そのシナリオで株式が持ちこたえるとは考えていません」と同氏は語った。
資産配分者は、インフレ率が上昇した期間に利払いが増える米国物価連動国債(TIPS)のポジションを増加するという古典的な対応も検討している。ブラックロックのチョードリー氏は、この数カ月、iシェアーズ米国物価連動国債ETF(TIP)およびiシェアーズ0-5年米国物価連動国債ETF(STIP)に多額の資金が流入していると指摘する。
しかし、同氏は、投資家はTIPSで何を達成したいのかを明確にすべきであると付け加えた。
TIPSは通常、デュレーションの長い債券であり、デュレーションリスクが若干増加する。STIPの方がデュレーションは短いため、よりアクティブな運用スタイルの投資家には適しているだろう。
バートン氏も同じ見解であり「TIPSは私たちの戦略的な資産配分の一環であり、インフレ時には役立つが、最近までそのような状況ではありませんでした。私たちは株式サイドで利益を出しており、TIPSや国債などでリバランスしなければなりませんでした。現在の金利水準で7%のリターンを目指すとすれば、これは痛みを伴うことである」と語った。
インディアナ州職員退職年金基金も最近、運用資産348億ドルの確定給付年金のヘッジポジションを増加させた。インディアナポリスに本拠を置く同基金の理事会は資産配分目標を、物価連動債は13%から15%に、コモディティは8%から10%に、実物資産は7%から10%に引き上げることを承認した。
コモディティ論争
TIPSおよび不動産やインフラなどの実物資産と並んで、資産配分者が通常インフレヘッジとして期待するのはコモディティである。投資家の想定がインフレ上昇を伴う経済成長である場合、コモディティはそうした環境で好調に推移する傾向がある。
今年、需要が回復し、コーヒーから銅、石油、ガスまで、ほぼ全ての価格が上昇したため、コモディティ投資家はすでに恩恵を受けている。しかし、コモディティはボラティリティをも伴うので、特に保守的なリスクリミットが設定されている機関投資家のポートフォリオにおいては、運用が難しい場合がある。
「当社はヘッジとしてのコモディティについて多くの投資家と対話をしています。しかし、コモディティ投資で重要なのは、この資産クラスの複雑さを理解する必要があるということです。コモディティの長期的な見通しについて強気だとしても、コモディティに資産を配分する場合、それがエネルギー、工業用金属、貴金属、あるいは農産物であろうと、全てのコモディティにはそれぞれ異なった価格変動要因があります」と、ニューヨークを拠点とするシュローダーズの投資ストラテジスト、ジョナサン・マッケイ氏は語った。
同氏は、投資家がコモディティで成功するためには、世界の需要が増加するのはどのコモディティかを判断する必要があると主張する。それは、特にコロナウイルス・デルタ株の感染拡大が続く場合、それほど容易なことではないかもしれない。投資家がこの変異株の世界経済に対するリスクを理解しようと努めるなか、多くの資産クラスで価格が急落した、いわゆるデルタ株恐怖の影響からエネルギー価格は8月初旬にわずかながら下落した。
こうした市場力学は、一部の資産配分者にとってはコモディティに一切手を出さない十分な理由となる。
「TRSのコモディティに対する配分はゼロ%です。コモディティはインフレと連動性が高いですが、長期的な期待リターンはゼロです」とオービー氏は語った。
バートン氏も慎重だ。「インフレと連動性の高い資産が全て同じであるわけはありません。中身を検証し、インフレに見合うリターンを期待できるのはどこか判断することが本当に重要です。典型的なインフレヘッジといえるものは多く存在しますが、どの時点でも最良のものを選択するためには、依然として多くの心理学的な要素が関係します」と同氏は語った。