執筆者:アーリーン・ジャコビアス
プライベート・クレジット・マネジャーが従来より大型のファンドの組成を急いでいるが、投資家にとって問題なのは、こうした巨大ファンドが何をもたらすのか、主に利回りやこの資産クラスを魅力的にするパブリック・デットに対する流動性プレミアムをもたらすのかどうか、ということである。
従来、オルタナティブ投資で言われてきたのは、流入する資金が増えれば増えるほど、パフォーマンスはより低下するということだった。プライベート・クレジットのリターンは金利水準と結び付いており、その金利水準は引き続き低い水準に留まると予想されるため、他のオルタナティブ投資の資産クラスと比べて既にかなり低い水準にある。
「特定のビンテージのリターンには複数の要因が影響します。一般的な金利水準も含まれますが、これは資金の流れとは無関係です」と、ミキータ・インベストメント・グループでポートランドを拠点に、マネージング・プリンシパルでプライベート・マーケット・コンサルタントを務めるメアリー・ベイツ氏は述べた。
プライベート・クレジットは、債券の代替資産として投資家の間で人気がある。アセットオーナーは今ではプライベート・クレジットを1回限りの投資対象ではなく、独立した資産クラスであると考えているとベイツ氏は語った。さらに、新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以降、プライベート・クレジットとして見る範囲を、従来からの企業向け融資から不動産向けやインフラ向けのクレジットに広げる投資家が増えている、と同氏は指摘した。
運用マネジャーは投資家の関心に応え、従来の規模を50〜100%上回るファンドで資金調達を行うとともに、新たな種類のプライベート・クレジットに参入している。
アセットオーナーの参入も加速
アセットオーナーによるプライベート・クレジットへのエクスポージャーの積み増し、または強化の動きが加速している。サクラメント拠点のカリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース、運用資産4,777億ドル)は、現在の資産負債の総合管理 (ALM) プロセスの一環として、プライベート・クレジット専用のアロケーションを追加することが可能である。ダン・ビアンヴニュ暫定最高投資責任者(Interim CIO)は7月に理事会に対して、11月には資産負債分析を完了し理事会により新アセットアロケーションの選択ができる予定である、と語った。カルパースは現在、プライベート・エクイティに対するアロケーションを通じてプライベート・クレジットに投資している。
こうした動きはカルパースに限らない。5月にロサンゼルス郡職員年金組合(カリフォルニア州パサデナ拠点、運用資産709億ドル)が、低流動性のクレジット戦略に対するアロケーションを4%ポイント増加させ7%とした。3月にはイリノイ州投資委員会の年金基金(シカゴ拠点、運用資産231億ドル)がプライベート・クレジットのアロケーションを8%から9%に引き上げた。2020年末には、アイオワ州職員年金基金(デモイン拠点、運用資産404億ドル)がプライベート・クレジットのアロケーション目標を3%から8%に引き上げた。そして、ニューヨーク州退職年金基金(アルバニー拠点、運用資産2,548億ドル)が2020年4月に新たに4%のアロケーションを追加している。
5月にミキータ社がロサンゼルス郡職員年金組合に提出したレポートによれば、20年間のプライベート・クレジットの予想リターンは債券を3%ポイント近く上回っており、プライベート・クレジットが6.8%であるのに対し、債券およびロング/ショート・クレジットは3.4%であった。しかし、同レポートによれば、10年間のプライベート・クレジットの予想年複利リターンは、2020年の6.7%から2021年には6.6%に下がっている。
確かに、プレキン社(オルタナティブ投資のデータベース)によれば、プライベート・クレジットのリターンは数年前から低下を続けている。プライベート・クレジットの3年移動平均ベースの内部収益率は2020年9月30日時点で3.7%であり、2014年の12.7%から減少している。
業界幹部は、パブリック・クレジットに対するプライベート・クレジットの流動性プレミアムが減少しているため、投資家は今後のプライベート・クレジット・ファンドのリターンが低下すると予想すべきであると語る。
カルパースの7月のオフサイト理事会で、JPモルガン・アセットマネジメント社でロンドンを拠点とするマルチアセットマネジメント・グローバル・ストラテジストのトゥシカ・マハラジ氏は、プライベート・クレジットのパブリック・デットに対する利回りプレミアムが「大幅に縮小」している理由として、利回りを求めて同セクターに流入する資金が増えていることに加え、融資引受基準が緩和していることを挙げた。
「金融システム内に巨大な流動性を抱えているため、全体として融資基準が緩和し始めていることが見てとれる」と同氏は述べた。
世界中のプライベート・クレジット・ファンド、特にダイレクトレンディング戦略の平均的なファンドサイズは急拡大している。プレキン社のデータによれば、プライベート・クレジット・ファンドの平均サイズは2021年6月30日時点で9億6,300万ドルであり、2020年比で27%、2016年比で52%増加している。2021年のダイレクトレンディング・ファンドの現時点までの平均サイズは12億ドルで、2020年比で84%増加、5年前との比較では2倍超の129%増加している。
「旺盛な需要」
アポロ・グローバル・マネジメントでマイアミ拠点のパートナー兼オポチュニスティック・クレジットの共同責任者を務めるロバート・ジヴォーネ氏は、クレジット・ファンドは投資家の「安全で、私募のため時価評価を必要としないクレジット投資への旺盛な需要」を満たすべく拡大を続けていると述べた。
「世界的に債券利回りが2%を下回る中で、低いLTV(担保掛け目)のローンに投資しつつ、パブリック市場で更に高いリスクを取るのではなく、代わりに若干の流動性低下を許容するだけでかなりの追加スプレッドが見込めるプライベート・クレジットに資金を配分する投資家が増えている」とジヴォーネ氏は付け加えた。
アレス・マネジメントは、新規ファンドのサイズが従来シリーズのファンドより少なくとも20%大きく、多くのファンドは更に大規模となることを明らかにした。同社の米国シニア・レンディング・ファンド2号となる「アレス・シニア・ダイレクト・レンディング・ファンドⅡ」は、ファースト・クローズで51億ドルを調達、既に目標のファンドレイズ金額を超えており、また1号ファンドを70%上回るファンドサイズに達していると、アレスのCEO兼社長であるマイケル・アロゲティ氏は7月29日の同社決算に関するカンファレンスコールで述べた。予定されるファンド・レバレッジで、ファンドは現在81億ドル程度の投下資本を獲得しているが、尚、ファンドレイズを継続しているとアロゲティ氏は付け加えた。
アレスの第2号汎アジア有担保レンディング・ファンドである「SSGセキュアード・レンディング・オポチュニティーズⅢ」は16億ドル超でクローズし、前ファンドの2倍のサイズとなった。
アレス幹部は2021年のファンドレイズ金額は2020年を超えるとみていると、アロゲティ氏は言う。同社は「プライベートで持続的な利回り」に対して「強力かつ長期的な追い風」の恩恵を受けていると、同氏は付け加えた。
クレジットでは規模が重要だと、カーライル・グループCEOのキューソン・リー氏は7月29日の同社決算に関するカンファレンスコールで述べた。
「ファンドレイズはかつてない程のスピードになっており、ディスラプティブ・テクノロジーの急拡大による影響やパンデミックによる変化が、セクターや地域横断的に、プライベート・キャピタルへの需要拡大を支えている」とリー氏は言う。カーライルのオポチュニスティック・クレジット事業は6月末現在、3年間で60億ドル近くの運用資産残高に達し、前年同期比22%の伸びとなり「今後、更なる成長が見込まれる」と同氏は付け加えた。
カーライルは、2号となる同社オポチュニスティック・クレジット・ファンド「カーライル・クレジット・オポチュニティーズ・ファンドⅡ」の募集を現在行っており、35億ドルのファンドレイズ金額を目標としており、2019年に24億ドルでクローズされた1号ファンドを40%上回る。
カーライルのグローバル・クレジット事業は、CLO(ローン担保証券)、不動産クレジット、その他クレジット戦略を含み、6月末現在610億ドルの運用資産残高を有する。
同時に、ファンドの投資期間は、特にクレジットファンドではより短くなっている。これは投資案件がより短期のタイムラインで実行、ファイナンスされるためであるとリー氏は言う。通常、カーライル幹部は4年もしくは5年のタイムホライズンで一つのファンド投資を行うが、それが4年に「スピードアップ」し、「3年となっている例も見られ、クレジットといった高速度回転の資産クラスでは更に短くなるかも知れない」と同氏は付け加えた。
見通しを巡る対立
現在のクレジット資産の見通しに関し、競合する業界内の見解には対立が見られる。「多くの人が資産クラスに成長余地があることには賛成する」が、同時に、競争が極めて激しいことにもほとんどの人が同意していると、ハーバーベスト・パートナーズでボストン拠点のマネージングディレクターを務めるカレン・シメオネ氏は述べた。
「大事なことは、市場で最も良質な案件へのアクセスを確保することだ」と同氏は言う。実際に、プライベート・クレジットの最大セクターのひとつであるダイレクトレンディングでは、多くの投資家は絶対リターンよりもインカムの創出と投下資本の保全に重点を置いている、とシメオネ氏は付け加えた。
「成功しているダイレクトレンディングのマネジャーは、高いリスクを伴う最大リターンの投資案件を求めるのではなく、損失を避けることで差別化を図っている」と同氏は言う。業界の一部には、崩壊状態のクレジット・マネジャーも出て来るだろうとの予想もある。
「ディストレス・マネージャーはもとより、おおよそ7,000のダイレクトレンダーが市場の変調を捉えて資金調達をしている」と、ブルー・オウル・キャピタルでニューヨーク拠点のマネージングディレクターを務めるジェームス・クラーク氏は述べた。「コロナ禍による市場の変調は3~4週間続き、現在は、投資を始められないでいる。」
ブルー・オウルのファンドは「どんな状況にも対応」していると、クラーク氏は付け加えた。
投資家の需要は運用マネジャーに多額の資金を提供している、「しかし、すべてのマネジャーが市場の変調をうまく乗り切れる訳ではないと我々は考えている」と同氏は言う。
ブルー・オウルのファンドは特定の状況について柔軟に資金を提供することができると、クラーク氏は述べた。しかし、「バブル市場」であるため、ブルー・オウルの幹部は検討した案件の3%しか実行していないと、同氏は付け加えた。