執筆者:ダグラス・アペル
北京政府は先週、待望されていた第3の柱である個人年金の枠組みを発表し、中国の年金制度におけるパズルの大きなピースが収まった。
4月21日に中国国務院(政府)が発表したこのプログラムは、中国の退職年金資産の運用に競争の門戸を開くもので、「第3の柱」の貯蓄者は投資信託や理財商品に投資できるようになる予定だ。第1の柱である国・地方政府の年金基金や第2の柱である企業の補完的年金制度で現在保有している14兆元(2.2兆ドル)を超える資産の運用については、一部の国内金融グループを除いて、ここ数十年門戸が全て閉ざされてきた。
政府主導のパイロットプログラムが4年にわたって実施されたが、第3の柱に指定された商品(主にファンド・オブ・ファンズ)に投資された退職年金資産は、中国の退職貯蓄総額の1%にも達していない。
アナリストによれば、中国の個人年金の柱は依然として、遅々として育っていない。しかし、第3の柱は間違いなく、中国におけるセーフティネットの重要な部分になるに違いない、とほとんどのアナリストたちは述べた。
上海を本拠とする中国金融セクターに特化したコンサルティング会社Z-ベン・アドバイザーズの創業者でマネージング・ディレクターを務めるピーター・アレクサンダー氏は、「第3の柱が進む道筋やその速度には非常に失望しているが、だからといって、適切な仕組みやインセンティブが備われば、この業界がどうなるかという展望が失われる訳ではない」と述べた。
セルリ・アソシエイツでシンガポールを拠点とするアジア太平洋ビジネス担当のマネージング・ディレクターを務めるケン・ヤップ氏は、「第3の柱はこれから最も改革が進み、中国に於ける年金制度の成長エンジンになるだろう」と予測している。
枠組みの概要
4月21日に発表された枠組みは次の通り:
- 個人退職年金口座制度の設定。
- 年間12,000元の拠出上限(調整の可能性あり)の設定。
- 加入促進のための税制優遇措置。
- 一部の都市で1年間試験的に実施、その後全国に展開。
- 銀行の理財商品、商業養老保険、投資信託などの金融商品を購入できる市場志向型制度。
- 「年金、資本市場、および実体経済間における穏やかな相互作用と協調的発展」を目標とする。
情報筋によると、この枠組みは、政府がこれまでのパイロットプログラムを超えて、より実質的な税制優遇措置を伴う個人退職年金口座制度を全国的に確立しようとする動きを明確に打ち出している。
ニューヨーク上場の金融技術プロバイダー、ブロードリッジ・フィナンシャル・ソリューションズは、2021年末時点での中国全体の退職年金資産をおよそ14.5兆元と推定しており、
- 9.9兆元の第1の柱「基本年金」資産は、都市労働者の賃金総額の20%を雇用者が、8%を被雇用者が強制的に拠出することで支えられている。
- 4.5兆元の補完的年金資産があり、内訳は企業就労者向けの企業年金資産が2.8兆元超、公務員向けの職域年金資産が1.6兆元超となっている。
- 中国では過去4年ほどの間に、1,200億元の個人年金商品が第3の柱のパイロットプログラムの一環として提供された。
現在急務となっているのは個人退職年金制度の導入で、これは1980年から2016年にかけて中国政府が行なった一人っ子政策により、今後数十年の間に第1の柱に拠出する労働者の減少と給付すべき退職者の増加という、この国の最悪な人口動態見通しが要因である。
一方、中国の第2の柱である企業向け補完的年金制度は、中国の労働者のごく一部をサポートするに過ぎない。
企業年金資産は2020年に27%という健全な伸びを示したが、この任意加入の第2の柱は、数億人の労働人口を抱える中国において、わずか2,700万人の民間企業従業員を対象とするのみであると、アーンスト・アンド・ヤングの香港を拠点とするグレーターチャイナ・ウェルス・マネジメント戦略・取引リーダーを務めるハウハウ・チャン氏は指摘した。
職域年金資産は、2020年には低水準から84%という強い上昇を記録したが、これは5年前に導入された政府が給与の8%、従業員が4%を負担する強制加入制度に加入した公務員の継続的な増加によるもので加入者数は3,000万人に達しているとチャン氏は述べた。
政策の詳細待ち
アナリストや資産運用会社は、中国政府が発表した「第3の柱」の枠組みを、中国国民が自ら老後に備えることを支援する決意の表れとして歓迎したが、税制優遇などの肝腎な詳細が明らかになるまでは、手放しでは喜べないとの声も聞かれた。
「第3の柱」のパイロットプログラムが実質的に第2段階に入ったことは「喜ばしいことだが、先週の政府高官による政策概要文書に続いて、財政部による減税政策、中国証券監督管理委員会による投資信託の適格基準など、規制や運用の詳細の発表はこれからだ」と、Z-ベンの調査責任者であるイヴァン・シー氏は語った。
もし、米国の個人退職口座のような機能的で使いやすいシステムの構築に成功すれば、「大きな進展だといえる。税制優遇措置の追加、金融商品の追加、そして恐らくは幅広い教育・宣伝といったその他の変更も比較的容易に統合可能となるからだ」とシー氏は述べた。
プリンシパル・ファイナンシャル・グループの香港を拠点とするアジア事業支配人トーマス・チョン氏も同様の考えであり、これまでに発表された第3の柱の詳細は歓迎すべき第一歩だが、問題の核心は、年金市場で、この分野がどれだけ速く成長できるかにあると語った。
Z-ベンのアレクサンダー氏は、適切なインセンティブがあれば、第3の柱はかなりの勢いを得る可能性があると予測した。例えば、退職まで手をつけることができないという条件付きで、退職口座へ拠出に対する魅力的な税制優遇措置を政府が発表すれば、「極めて迅速な切り替えが起き」、一夜にして何十億元もの資金が流入するようになる可能性がある、と同氏は語った。
アーンスト・アンド・ヤングのチャン氏は、税制優遇議論が必要以上に重視されていると考えており、例えば、企業年金制度は、大幅な税制優遇措置が提供されているにもかかわらず、導入企業の数が極めて少ないと指摘した。
チャン氏は、「(税の繰り延べ)が決め手になるとは思わない」と述べ、あるに越したことはないが、「商品設計、リスク・リターン特性、顧客体験、得られる助言など、それ以外にも重要なことはある」と語った。
チョン氏は、自身の推測では、第3の柱がより急速に成長するためには、第2の柱の口座を保有する従業員が退職時に第3の柱へ移管することを可能にする、また所得の増加に伴い拠出限度額を引き上げるなど、さらなる支援策が必要になると述べた。
しかし、他のアナリストは、今回の発表で中国政府は進むべき方向性を明確に示しており、第3の柱に関する政策イニシアチブは大きな進展であると断言してよいと語った。
「すでに大きな一歩」
「これはすでに大きな一歩だと思う」と、エーオンのロサンゼルスを拠点とする中国ウェルス・ソリューション責任者であるフェイ・エイミー・シャン氏は述べ、第3の柱に参加を許される金融機関の範囲の大幅拡大や課税繰延の見込みは、この制度を機能させようという政府の決意の表れである、と指摘した。
一方、プログラムをより広範で多様な、場合によっては国内市場以外の金融商品に開放することによって、参加する金融機関と個人の双方に大きなチャンスとなる、とシャン氏は述べた。
スリー・ライオンズ・アンド・ウェルス・マネジメント・アドバイザリーのシンガポールを拠点とするシニアコンサルタントのコナル・マクマホン氏は、悪魔は細部に宿っている(細部こそが重要)だろうが、強化後の第3の柱は、中国本土の年金資金を運用する中国、外資、および合弁の資産運用会社に「千載一遇のチャンスをもたらす」だろうと語った。
中国年金市場の3つの柱すべてで事業機会が拡大すれば、資産運用会社はより複雑な選択を迫られることになる。
ブロードリッジ・ファイナンシャル・ソリューションズでシンガポールを拠点とするディストリビューション・インサイトのプリンシパルを務めるン・セー・ユン氏は、多くのグローバルな資産運用会社が現在注目しているのは、「運用資産残高(AUM)の成長や利益だけではなく、むしろ複数のアクセスルートを開拓し、将来にわたる中国年金市場の成長機会に対し有利な位置に付けることだ」と語った。
アーンスト・アンド・ヤングのチャン氏は、「海外の資産運用会社が中国の年金改革に対するエクスポージャーを得る方法は数多くあるが、それは個人か機関投資家か、オンショアかオフショアかなど、どの事業分野を選択したいかによって大きく変わってくる」と指摘した。
例えば、運用資産額5兆6,400億元を擁する中国の全国社会保障基金(National Social Security Fund:NSSF)からの巨額の資産運用受託には、ライセンスも中国本土の運用チームさえも必要とされないが、第2の柱の資金運用には正にライセンスが必要とされる。「柱によって異なる」とチャン氏は付け加えた。NSSFはポートフォリオの約10%を海外資産に配分している。
Z-ベンのアレクサンダー氏は、現地パートナーとの提携が、中国年金市場にアプローチする最も効率的な方法であると強調した。
必要となるリソースを抑制しつつ、中国で選択性のあるエクスポージャーの獲得を図る資産運用会社にとって、「いくつかの理由で、構築するより買う方が良い」と同氏は述べた。
ファンド運用の分野では、グローバルな資産運用会社が参入して事業を拡大できるだけの非効率性が存在する。しかし、年金運用については、「誰か信頼できる現地パートナーと組み、急速に発展しつつある市場に対し間接的なエクスポージャーを得て、自社の専門知識を適宜提供し、パートナーの尻馬に乗る方がよい」とアレクサンダー氏は語った。
同氏が挙げた好位置に付けている企業としては、北京を拠点とする中国人寿保険公司(China Life Pension Co.)の株式19.99%を取得したシドニーを本拠とするAMPキャピタルと、中国建設銀行系列の建信養老金管理有限責任公司(CCB Pension Management Co. Ltd.)の株式17.6%の取得まで規制当局の承認を1つ残すのみとなった米アイオワ州デモインを本拠とするプリンシパル・ファイナンシャル・グループを挙げた。