執筆者:アーリーン・ジャコビウス
公開市場のボラティリティと金利の上昇が、プライベート・クレジットへのエクスポージャーを拡大しようとする投資家を増加させる可能性がある。一方、同じ経済的要因によって、クレジット・マネジャーの主要顧客であるプライベート・エクイティ投資会社による2022年の取引動向は減速する恐れがある。
プライベート・エクイティ取引の減少は、プライベート・クレジット・マネジャーにとって融資機会の減少を意味する。
オルタナティブ投資コンサルティング会社のクリフウォーターによると、プライベート・クレジット・ディールの75%はプライベート・エクイティの投資先企業を対象としている。
ロンドンを拠点とするオルタナティブ投資調査会社プレキンのデータによると、プライベート・エクイティ業界には2兆ドル近いドライパウダー(投資待機資金)があるにもかかわらず、2022年に入り、世界全体のプライベート・クレジットとプライベート・エクイティの取引額は2021年の水準を下回っている。クレジット・マネジャーにとって現在問題なのは、この傾向が今後の3四半期においても継続するかどうかだ。
プレキンによれば、第1四半期のプライベート・クレジット・ディールは全世界で合計201件、総額548億ドルとなり、前年同期の合計400件、総額633億ドルを下回った。また第1四半期のプライベート・エクイティ取引は合計2,012件、総額1,854億ドルとなり、前年同期の合計2,265件、総額2,005億ドルを下回っている。
同時に、資産クラスとしてのプライベート・クレジットには資金の流入が続いている。
プライベート市場を専門とするデータベース会社ピッチブック・データによると、2021年にプライベート・クレジット・ファンドは約1,900億ドルの資金を集めており、約2,020億ドル近くの資金調達を行った2017年以降最大の年間資金調達額となった。
2022年もクレジット・マネジャーによる新規ファンド調達は順調に推移している。カーライル・グループは4月6日、同社の第2号アッパーミドル・マーケット・ダイレクト・レンディング・ファンドであるカーライル・クレジット・オポチュニティ・ファンドIIのファイナル・クローズをハードキャップ(最大調達可能額)となる46億ドルで行った、と発表した。
プライベート・クレジットには、投資家にとって多くの魅力がある。定期的に利払いが行われ、流動性のある債券よりもボラティリティが低い傾向にあり、多くのローンが変動金利であるため、金利上昇の恩恵を受けることが可能だ。
業界団体オルタナティブ・クレジット・カウンシルとデータプロバイダーのウィズ・インテリジェンスが米国における224のアセットオーナーに対し2021年12月に実施した調査によると、全投資家の40%、公的年金基金の57%が2022年にプライベート・クレジットへのコミットメントを増やす意向を示している。アセットオーナーの過半数(55%)がアロケーション目標の達成を、次いで37%が債券利回りの低さを理由として挙げている。
債券投資が足かせに
従来型の債券が投資家のポートフォリオにおいて最大の足かせとなっており、クリフウォーターの幹部は、債券からプライベート・エクイティやプライベート・クレジットに資金を移す投資家が増加すると予想していると、同社ニューヨークを拠点とする最高経営責任者(CEO)のスティーブン・ネスビット氏は述べた。
ブルームバーグ米国総合債券インデックスに反映される投資適格債券は、2022年第1四半期が5.93%の下落、2022年3月末までの1年間では4.15%の下落、10年間では2.24%の上昇となっている。「このリターンの低さは『リスクオフ』資産保有のコストとしては高過ぎる」と、インフレによってリスクオフ資産としての特性を失った債券について、ネスビット氏は評した。
利回りが高く、変動金利であるため金利上昇に伴って利回りも上昇し、ボラティリティも投資適格債と同程度であることから、「プライベート・デット、特にダイレクト・レンディングは、より優れた債券の代替投資であると当社は主張してきた」と、ネスビット氏は述べた。第1四半期の初めに、プライベート・クレジットと公開市場との間の信用スプレッドが一部のセクター、特にシンジケートローンで拡大したが、四半期が進むにつれて縮小した、と同氏は語った。信用スプレッドの拡大はリスクの増加を示唆する。
クリフウォーター・ダイレクト・レンディング・インデックスのリターンは2021年暦年で12.78%と、2019年の9%、2020年の5.45%から上昇している。レバレッジド・ローン市場に連動するS&P/LSTAレバレッジド・ローン・インデックスの同期間のリターンは、2019年が8.65%、2020年が3.12%、2021年が5.2%だった。
ネスビット氏によると、プライベート・クレジットにとって「真の外的リスク」は、インフレによって米連邦準備制度理事会(FRB)が金利を押し上げ、景気後退に陥ることだ、とする一方で、「水晶玉がある(将来を見通せる)わけではないが、差し迫ったリスクがあるようには見えない」と語った。
2021年にプライベート・クレジットは、パンデミックによって前年に打撃を受けたリターンの落ち込みを回復した。今年、プライベート・クレジットは投資家の期待通りの利回りを生むはずだ、とネスビット氏は語った。
同様に、ネスビット氏は、2022年のプライベート・エクイティ取引は、当初こそスロースタートではあったが、プライベート・エクイティ・マネージャーは豊富なドライパウダーを投資しなければならないため、取引が一段落するとは予想していない。
「多少の落ち込みはあったが、プライベート・エクイティが元の活況トレンドに戻る根拠はまだある。本当に良い年になるとか悪い年になるとかではなく、単にトレンドを取り戻すだろうということだ」と同氏は述べた。
ボラティリティが一休みをもたらす
オルタナティブ投資会社であるブルー・オウル・キャピタルの共同創立者兼共同社長で、ニューヨークを拠点とするマーク・リップシュルツ氏は、同社の2月17日の決算説明会で、プレキンが示した2兆ドルのプライベート・エクイティのドライパウダーについては、「明らかにプライベート・レンダーが相当なシェアを占める」形で投資されるだろうと述べた。しかし、「市場が変動する状況では、時には若干の一時的な休止が生じる」ことも認めている。ブルー・オウル・キャピタルの運用資産残高は、12月31日時点で945億ドルを擁し、そのうち392億ドルがプライベート・クレジットとなっている。
ツイン・ブロック・キャピタルは、480億ドルをオルタナティブで運用するアンジェロ・ゴードンの子会社で、ミドルマーケット向けのダイレクト・レンディングを担当している。同社の創立者兼マネージングパートナーであるトレヴァー・クラーク氏は、第1四半期のディール・フローは弱かったと述べ、その理由として、ウクライナ戦争やサプライチェーンの問題など、マクロ経済事象の先行きを見極めたいとディール・メーカーが資金の投入に待ったをかけたからだと指摘した。
クラーク氏は、取引が2020年の低水準にまで落ち込むこともないだろうし、また2021年の後半に見られたような高水準の活況を取り戻すこともないだろうと語った。とは言え、すべての運用会社がディール・フローの回復から恩恵を受けるわけではない。2021年後半は、プライベート・エクイティに支えられたM&Aが非常に活発な年であったため、大半のプライベート・クレジット・マネジャーがその恩恵に与った。
投資環境は変化しており、すべてのプライベート・クレジット・マネジャーが好調を維持できるわけではない、とクラーク氏は述べ、金利の上昇やサプライチェーンの問題から、「今後はより大きな圧力がかかるだろう」と付け加えた。
プライベート・クレジット・マネジャーの勝者と敗者を分ける「一線」が画されることになるだろうと、同氏は指摘する。
同氏によると「経済的なストレスが大きくなると、投資家と借り手の双方が、知名度が高く信頼性の高い、実績のあるグループ(プライベート・クレジット・マネジャー)との提携に再び注目するようになる」。
インフレ、金利上昇、サプライチェーンの問題、人的資本コストの上昇など、現在のマクロ経済要因はそれぞれが単独で動いているわけではない、とクラーク氏は言う。このような環境では、「限界的な」プライベート・エクイティ案件の一部を一時停止させ、案件に組み込まれた企業がコスト上昇を顧客に転嫁できない事態を招き、こうした企業にとってローンの債務返済を履行することがより困難になる可能性があると、同氏は指摘した。
公開市場のボラティリティに関しては、公募債券市場とプライベート・クレジット市場との間にはほとんど相関関係がない、とクラーク氏は述べ、債券市場のボラティリティは、投資家にとってプライベート・クレジット、特にダイレクト・レンディングをより魅力的なものにする可能性がある、と付け加えた。
これまでのところ、流動性のある市場に遅れる傾向のあるプライベート・クレジット市場は、「比較的安定しており、新規案件にオープンだ」と述べるのは、オルタナティブ投資ファンド・オブ・ファンズおよび直接投資の運用会社であるアダムス・ストリート・パートナーズでニューヨーク在住のパートナー兼プライベート・クレジット部門の責任者を務めるビル・ザッハー氏だ。同氏によれば、ボラティリティが高いため公開市場で債券を発行することが困難な借り手は、プライベート市場に目を向けているという。
「おそらく、ディール・フロー増加の影響もあってか、信用スプレッドはやや緩やかに拡大している」とザッハー氏は電子メールで述べた。
これまでのところ、金利の上昇はプライベート・エクイティの取引成立に大きな影響を及ぼしていない。それは歴史的に見れば金利がまだ低水準にあるからだ、と同氏は語った。「最終的に金利の上昇は、現在のレバレッジド・バイアウト(LBO)のレバレッジ倍率に緩やかな影響を与えるだろう。単にそれは対象となる企業がその負債水準では立ち行かなくなってくるからだ」と同氏は語った。
ザッハー氏は、いくつかの要因が第1四半期の取引件数の減少につながった可能性が高い、と付け加えた。昨年が稀に見る活況だったのは、プライベート・エクイティのドライパウダーが記録的に多かったこと、パンデミックに起因した封鎖期間中に投資を一時停止していた買い手の需要が積み上がっていたこと、企業のバリュエーションが記録的に高かったので売り手のモチベーションが高かったこと、さらにキャピタルゲイン税の引き上げが予想され、企業のオーナーが2021年末までに事業を売却しようと殺到していたことなどが要因だった。「おそらく、こうした要因のすべてが、2022年の取引の一部を2021年に前倒しで行う結果につながり、今年の第1四半期を比較的低調にした一因となったようだ」と同氏は述べた。