執筆者:ソフィー・ベイカー
中央銀行によるテーパリング(量的金融緩和の段階的縮小)と、昨年来世界経済に供給された数兆ドルの少なくとも一部の巻き戻しが、運用会社における投資議論のテーマとなりつつある。
そうしたテーパリングは、ベン・バーナンキFRB議長(当時)が2013年に引き起こした「テーパー・タントラム(かんしゃく)」の時ほどの影響は及ぼさない、と運用会社の幹部は考えている。FRBは当時の教訓より学んでいるため、巻き戻し計画の示唆は慎重に行うだろう、というのがその主な理由だ。
しかし、テーパー・タントラムが予想されないからといって、運用マネジャーは市場が穏やかに反応すると考えているわけではないので、特にポートフォリオのデュレーションの修正を行っている。
「QE(量的緩和)のとてつもない規模と支援のために金融市場に供給された金額が膨大なため、テーパリングによって転換点に達する時には、市場に極めて重大な影響が及ぶ可能性がある」と、ロンドンを本拠とする運用資産752億ポンドのブルーベイ・アセット・マネジメントLLPでチーフ・インベストメント・ストラテジストを務めるデービッド・ライリー氏は言う。「そのため、この問題はわれわれの関心を間違いなく引き始めており、今後はより注目されるようになるだろう」。
連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーは、市場全体の分析や議論の際に量的緩和に言及することによって、テーパリングの道標を示し始めている。「これは、資産購入規模縮小への道ならしをするためだと思う。FRB、ECB(欧州中央銀行)、日本銀行、そして規模は減るがイングランド銀行などの主要中央銀行は、昨年3月以降、おそらく計6兆ドル相当の資産を購入済み」と思われ、これは2008年〜2009年の世界金融危機時と比べても「とてつもない」数字だ、とライリー氏は言う。
そうした刺激策が、市場にとって大きな支援となり、新型コロナウイルスのパンデミックによる急落から市場が回復するのをかなり容易にした。
「テーパリングは、その時点から中央銀行や、広義には政策当局からの支援が減少するという意味で、最初の転換点となるだろう。市場にとってひとつの試金石になると思う」と、ライリー氏は付け加えた。
ニューヨークを本拠とする運用資産8,200億ユーロ(9,410億ドル)を擁するDWSグループで、欧州・中東・アフリカ地域の投資責任者を務めるユルン・バスムント氏は、「FRBは決定事項に関するコミュニケーション能力を上げており、バーナンキ・テーパリングに似たようなことは起きないだろう。しかし、FRBが金利の引き上げを開始し次第、市場は次の動き、またその次の動きと方向を知ることになる。これが、金利、特に今後5年間の金利にかなり影響を与えるだろう」と語る。
インフレ期待がコントロールされる限り、テーパリングに動くFRBや他の中央銀行は、テーパリングやその市場への影響をコントロールし続けることができるはずだ、とバスムント氏は述べた。
「債券タントラム」の可能性は低い
米国の長期債利回りは今年後半に徐々に上昇するだろうが、「債券タントラム」は起きないだろう、とHSBCアセット・マネジメントのロンドンを拠点とするグローバル・チーフ・ストラテジスト、ジョー・リトル氏は電子メールで述べた。
米国のイールドカーブは、この6カ月間でインフレリスクを大幅に織り込んだ結果、すでにスティープ化している。つまり、市場は「経済の回復と新政策の開始に向けた長い道のりに関するかなりの量のニュース」をすでに織り込んでいる。そのため、市場がテーパリング関連のニュースに過剰反応する余地はより限定的になる、と同氏は述べた。
ただし、このシナリオにはリスクがある。「景気の回復が早まり経済が加熱すれば、FRBは戦略の変更を余儀なくされる可能性がある」とリトル氏は警告する。「そうした利上げが早まるシナリオになれば、クレジット、株式、および新興市場のバリュエーションは難しくなるだろう」。
もうひとつのリスクは、テーパリングが「将来の政策金利動向を示唆している(おそらく誤解だが、重要なのはどう受け取られるかだ)と解釈されることだ」とニューヨークのブラック・ロック・インベストメント・インスティテュート(インスティテュート)のマネージングディレクター兼責任者のジャン・ボアバン氏は電子メールで述べた。「リスクはテーパリングそのものではなく、政策金利動向の大幅な見直しによって、長期金利に急激な調整が起きることだ」。これは「極めて破壊的で、リスク資産、特に新興市場に対する見方に根本的な疑問を投げかけることに」なりかねない、と同氏は言う。このため、インスティテュートの幹部は、FRBがテーパリングと政策金利の「切り離し」を図ると考えている。
インスティテュートは、テーパリングを短期的な市場ボラティリティのリスクとみているが、「長期的に見通すべきリスク」である、とボアバン氏は付け加えた。
FRBがより迅速に行動することを余儀なくされた場合、クレジットは危険になる可能性がある、とリーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメント(LGIM)のロンドンを拠点とするアクティブ戦略の責任者、コリン・リーディ氏は語った。その場合、「景気サイクルモデルは好ましくない方向に動くと思う」、中期から後期サイクルは株式にとって良い時期だが、「クレジットは心配だ」とリーディー氏は言う。LGIMは1兆3,000億ポンド(1兆8,000億ドル)の運用資産を保有している。
市場での予兆
市場はこれから起きることについて、既にわずかながら感触を得ている。すなわち、テーパリングについて議論を始める潜在的必要性を米当局者が言及する一方で、FRBは景気刺激策のいくつかを巻き戻す時期が迫っていることを既に示唆している。
インサイト・インベストメントの幹部は、コロナ対策として導入した流通市場社債購入プログラム(SMCCF)のうち、140億ドル程度を徐々に売却するとの発表が今月なされたことを受けて、FRBによる緊急社債買い付けの終了について討議した。
「金額はちっぽけだが、こういった非常措置の一部につき(FRBが)解除に着手したことは、これが不要になったという一例であり、無視できない一歩だ」と、インサイト(運用資産7,077億ポンド、ロンドン本社)で債券運用責任者を務めるエイプリル・ラルース氏は述べた。
FRBによる保有社債の一部売却は、運用資産1,346億スイスフラン(1,495億ドル)のフォントベル・アセット・マネジメント AGでも議論を引き起こした。金額は「多くないが、有益だった」と、ロンドンならびにチューリッヒ両拠点で債券運用の責任者を務めるサイモン・ルフォン氏は述べた。特例的な金融ならびに財政支援が2020年3月に成立したことは「市場押し上げのプラス要因であった。(FRBには)社債は償還するのに任せ、何も言及しないという選択肢もあった」。しかし当局は、大きな変動を起こすことなく債券を売却することに自信を示したのである。
「市場はそれをうまく受け止めた。よって我々は既に動き出しており、これらすべては市場がテーパリングを織り込む過程の一部である」とルフォン氏は語った。
「フォントベルの幹部が懸念しているのは金利上昇より、むしろ資産のボラティリティだ」。
とは言え、第1四半期に米国債が概ね70ベーシス変動し利回りが約1.7%となっても、リスク資産やボラティリティに大きな影響を与えなかったことには安心している。「これが正に、FRBや我々すべてが望むことであり、テーパリングによる影響から米国債利回りがより上昇しても、リスク資産の大規模な急落を伴わないだろう。なお、そういった下落は、リスク資産があまりにも過剰に保有されており、バリュエーションの観点からは、目いっぱいの価格まで評価されていることから、常にリスクとなる」。ルフォン氏は、米国債利回りは「容易に」2%前後まで上昇する可能性があると考えている。
運用マネジャーは、8月に予定されるカンザスシティ連銀主催、ワイオミング州ジャクソンホール開催の国際経済シンポジウムで、テーパリングが2022年から開始されるかどうかも含めてさらなる詳細が公表されると予想している。
準備段階への移行
とは言え、運用マネジャーは、米国におけるテーパリングの発表に向けたポートフォリオの準備を始めている。
ロンバー・オディエ・インベストメント・マネジャーズの幹部は、FRBによるテーパリングに関する説明が「極めてうまく注記されており、提供された情報を理解するのに苦しむことはないだろう」と感じている一方で、依然としてリスクは残り、テーパリングは「誰にとっても重要なテーマ」だ、とスイスのバーゼルで債券ストラテジスト兼ポートフォリオマネージャーを務めるフィリップ・ブルクハルト氏は述べた。
資産630億スイスフランを擁するこの運用会社では機動的債券戦略やダイナミック債券ファンドへの需要を見込んでいる。「現在のような潜在的な岐路にあって、必要に応じてかなり積極的に資産配分を変更できる商品を投資家は求めている」
ブルーベイは、同社の短期デュレーション方針に関して、「米国債利回りが低下した際に、戦略横断的に(米国債を売却し)短期米国金利ポジションを積み上げている。テーパリングに関する発表が、市場の予測よりやや早くジャクソンホールでなされ、テーパリングの最終的なペースがやや早くなることが確認できれば、フェッドファンドレートの0%水準からの最初の利上げに関する市場の織り込み時期に影響し」米国債利回りを上昇させるだろうと、ライリー氏は述べた。
同社は、ハイイールド債やローン担保証券、デュレーションの短いエマージング市場クレジット、金利上昇やイールドカーブのスティープ化から恩恵を受ける銀行等のセクターといった、「テーパリングに伴うボラティリティの上昇があったとしても、比較的大丈夫な」ものを積み上げていると、ライリー氏は付け加えた。
一方、今は忍耐が美徳だと考えている人も多い。HSBCアセット・マネジメントの幹部は、投資家は「基本ポートフォリオに近いポジションを取り、方向性リスクをあまり取らず、忍耐強いアプローチを採るべきだ」と考えていると、リトル氏は述べた。
忍耐は、インサイト・インベストメントで採用されているアプローチでもある。短期デュレーションのポジションは「高くつき、イールドカーブはスティープだ」が、同社幹部はデュレーションの長期化も望んでいない。「我々は、基本的に市場が動くのを待っている」とラルース氏は述べた。
フォントベルは、デュレーションに関する予想ポジションも現在はあまり取っていないと、ルフォン氏は述べた。「我々は、言わば様子見モードだ」が、一方で、投資家は夏の終わりまでには、より戦術的なオペレーションにおそらく復帰するだろう、と同氏は付け加えた。