執筆者:アーリーン・ジャコビウス
シェールオイル開発ブームがホットで新たな投資テーマのクリーンテクノロジーに取って代わってから6年が経ち、化石燃料からのエネルギー転換が投資家の間で人気を博している。
プレキン社(オルタナティブ投資のデータベース)の最近のレポートによれば、エネルギー転換に関連する投資を含む非上場の天然資源資産への投資残高は、産業界が脱炭素化を図るにつれて、2020年の2,110億ドルから2025年には28%増の2,710億ドルに達すると予想されている。
エネルギー転換への投資は、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーから、蓄電池貯蔵、水素駆動電気自動車や充電スタンドまでのすべてが含まれる。こういった投資は、ベンチャーキャピタル、PEグロース投資、インフラストラクチャーを含むオルタナティブ投資資産クラスへ横断的に取り込まれている。一部の戦略は目新しいものだが、1ケタ台後半のリターンを目標としている運用マネジャーもいる。
昨今では機関投資家が、上場株ポートフォリオに組み入れられている企業に対して、エネルギー転換に備えさせることに成功している。
5月26日に、米国のトップ3大年金基金の支援を受け、エクソンモービル(XOM)株主は取締役のうち少なくとも2名を、アクティビスト投資家の候補者に入れ替えるべく議決権を行使した。ヘッジファンド投資会社のエンジンNo.1は、エクソンが「気候変動のリスク」への取り組み目標を「論点としてだけではなく、長期的な事業計画に変換」させるべく、エネルギー転換の経験がある4名を候補者リストに掲げた、と投資会社のニュースリリースは述べている。
エンジンNo.1に賛同する投資家には、4,589億ドルの資産を擁しサクラメントを拠点とするカリフォルニア州職員退職年金基金(CalPERS)、ウェスト・サクラメント所在の資産2,998億ドルのカリフォルニア州教職員退職年金基金(CalSTRS)、ならびにアルバニーに拠点を置く資産2,548億ドルのニューヨーク州退職年金基金(NYCRF)がある。
議決について、CalSTRSの最高投資責任者(CIO)であるクリストファー・エイルマン氏は、「重大な転機となる瞬間」であり「エクソンモービルを世界的なエネルギー転換に備えさせる果敢な一歩」だったとツイートした。
同じ日に、シェブロン(CVX)株主の48%が、化石燃料需要の劇的な減少が財務状況にどのように影響するか算定して報告するよう同社に求めた議案に賛成した。
それとは別に、オランダの裁判所ではロイヤル・ダッチ・シェルPLC(NYSE:RDSA)に対して、二酸化炭素の排出を2030年末までにネットで45%削減を命じる判決が下された。
化石燃料への世界的な依存も徐々に弱まるとみられている。英石油メジャーBP PLCの「2020年版エネルギー見通し」によれば、化石燃料への需要は今後20年間で最大50%減少する可能性がある、と予測している。
「エネルギー転換に対する投資家の顔ぶれに、信じがたい変化を目の当たりにしている」とCalSTRSでサステナブル投資兼スチュワードシップ戦略担当の投資責任者であるカースティ・ジェンキンソン氏は述べた。
米国における投資機会はより明確になり、投資家が気候変動に取り組みつつ、十分なリターンを獲得できるポートフォリオを構築することが可能となって来ている、とジェンキンソン氏は述べた。そして、この投資機会は再生可能エネルギー分野の運用マネジャーだけでなく、化石燃料や水圧破砕技術(シェール開発)にも投資しているマネジャーを含め、より広範なエネルギーやインフラ投資のマンデートを有するマネジャーをも引き付けている、と付け加えた。
パンデミックは、石油・ガス価格が2020年初頭に急落したことで化石燃料に大きな打撃を与え、投資家のエネルギー転換投資への参入を加速した。3月にCalSTRS理事会は、パブリック市場とプライベート市場におけるサステナブル投資およびスチュワードシップ戦略へ最大5%の資産を配分することを承認した。CalSTRSは今後数年をかけて、プライベート市場でコミットメントベースで10億ドルから20億ドルのサステナブル投資ポートフォリオの構築を目標としている、とジェンキンソン氏は語った。
投資機会の拡大
ここ数年で変わったことは、サステナブル投資におけるエコシステムが他のテクノロジーやソリューションに波及し、エネルギー転換と呼ばれるもののリスクリターン特性を飛躍的に拡大させたことだ、とPE投資会社であるKKRアンド・カンパニー(KKR)でカリフォルニア州メンローパーク所在のパートナー 兼 北米インフラ投資の責任者を務めるブランドン・A・フレイマン氏は述べた。
5年もしくは10年前に、投資家や運用マネジャーがエネルギー転換の話をする場合、実際のところは風力や太陽光の発電所のことだった、とフライマン氏は言う。
風力や太陽光は長年の投資実績があり、このような資産は、特に10~20年の売電契約を伴う場合、安定した投資とみなされてコア資産へと進化した、と同氏は付け加えた。
「投資家はこのような資産を債券の代替投資とみており、かなり成熟したエコシステムとして、多くのディール・フローがみられる」とフライマン氏は述べた。
エネルギー転換戦略は、技術革新への投資、例えば電気自動車周辺の、製造だけでなく充電ステーションや電力貯蔵システムへのインフラ投資も含む、とフライマン氏は言う。
「エネルギー転換分野では多くの戦略を捕捉することができる」と同氏は付け加えた。
エネルギー転換投資のリターンは、投資の種類で異なる。
例えば、欧州における再生可能エネルギー投資は米国より約10年先行しており、リターンが低下してきている、とFTIコンサルティング(FCN)のデンバーで再生可能エネルギー投資担当のシニアマネージングディレクターを務めるクリス・ポスト氏は述べた。
5年前なら風力発電プロジェクトへの投資は、10%台前半もしくは1ケタ台後半のリターンを提供しただろうが、現在では1ケタ台半ばであればそのプロジェクトは競争力がある、とポスト氏は述べた。
実際、ピッチブック・データ Inc(プライベート市場を専門とするデータベース企業)によると、再生可能エネルギー・ファンドのビンテージ毎のリターンは、2015年に内部収益率(IRR)が49%に達して以降、毎年低下している。2018年ビンテージのIRRは2.3%だったが、2019年ビンテージは1.1%だった。
インフラに焦点
KKRは、オルタナティブ投資マネジャーが運用する、さまざまな多くの投資に関連する再生可能投資を中心に事業を構築している。フライマン氏は、エネルギー転換はテクノロジーと同じように、ほとんどの投資に影響を及ぼすと言う。
KKRは3月に、キャピタル・ダイナミクス出身のエネルギー転換投資経験者を3名採用した。
また、サンタフェを拠点とする運用資産330億ドルのニューメキシコ州投資評議会に対し、KKRが3月25日に行ったプレゼンテーションによれば、エネルギー転換インフラへの投資を同社のオープンエンド型コア・インフラストラクチャー・ファンドの戦略の1つとしている。同評議会は、KKRダイバーシファイド・コア・インフラストラクチャー・ファンドに1億ドルを上限にコミットした。同ファンドは、エネルギー転換セクターに加え、公益事業、電力および再生可能エネルギー、電気通信、運輸および社会インフラに投資をする予定であり、投資対象地域は、北米、西欧、およびアジア先進地域である。
4月には、コロンバス所在で運用資産172億ドルのオハイオ州警察消防職員年金基金が、KKRのオープンエンド型コア・インフラストラクチャー・ファンドに1億2,500万ドルを上限にコミットした。
ニューメキシコ州投資評議会の不動産・実物資産のディレクターであるポール・チャップマン氏は、同評議会の不動産コンサルタントであるタウンゼント・グループが、同ファンドにコミットする約10億ドルの資金をクライアントから集め、この投資家全体を1つのグループとして運用報酬の交渉をした、と同評議会に対し伝えている。
KKRがエネルギー転換に焦点を当てているのは、石油投資やガス投資からの速やかな転換を示唆するものではない。
「われわれがエネルギー転換という言葉を使うのには理由がある。突然切り替わるわけではない」とフライマン氏は言う。「あまりにも多くの人々があらゆる形態のエネルギーに依存しているため、そうした人々に多大な苦痛をもたらすことなく、エネルギーの転換を直ちに実現するのは不可能だろう」。
KKRは、風力発電プラントおよび太陽光発電プラントに投資するとともに、石炭火力発電所の代替燃料として天然ガスにも投資している。
「エネルギー転換において、石炭が果たす役割があるとは思えない」ため、KKRは石炭には投資をしないとフライマン氏は述べた。
CalSTRSのジェンキンソン氏は、化石燃料からの転換に投資をしている他の主要プレーヤーとしては、TPG、ブルックフィールド・アセット・マネジメント、マッコーリー・アセット・マネジメントなどがあると語った。
TPGの幹部は、同社の新たなプライベートエクイティ戦略であるTPG ライズ・クライメートについて、同社の共同創設者兼取締役会長のジム・コールター氏が責任者であること以外は明言を避けた。ニュース発表によれば、TPGの運用資産50億ドルのインパクト投資事業であるライズ・ファンドは、1月に北米で再生可能天然ガスおよび環境コモディティ(environmental commodities)のマーケティングを行うエレメント・マーケッツLLCに投資をした。同ファンドにとっては、この6カ月で気候・再生可能エネルギーセクターにおける2番目の投資となる。
成功への鍵
エネルギー転換への投資を目的とするファンドの一部では、すでに資金調達を始めているか、近々始める予定だと、イートン・パートナーズ(プレースメントエージェント)でヒューストンを拠点とするパートナーであるジェフリー・J・イートン氏は、Eメールで回答している。
「従来の石油とガスに焦点を当てたエネルギー・ファンドから離れ、エネルギー転換と脱炭素化に向かう動きがあるのは間違いない」とイートン氏は述べた。
しかし、これら全てのファンドの資金調達が成功するには、こうした追い風だけでは不十分だと同氏は語る。
「強固な取引パイプライン、経験のあるチーム、そしてこの分野における実績が絶対条件だ」とイートン氏は言う。
そうしたエネルギー転換ファンドの1つが、5月4日に資金調達を終えた。エネルギー専門運用会社エンキャップ・インベストメンツLPによる、運用資産120億ドルのエンキャップ・エナジー・トランジッション・ファンド1だ。エンキャップの幹部が資金調達を開始したのは2019年10月のことで、資金の大部分はパンデミックの時期に調達された。
エンキャップの幹部は、エネルギー転換セクターには低炭素経済への転換に関連した投資も含まれると考えている。
ヒューストンを拠点とするエンキャップのエネルギー転換事業担当のマネージング・パートナーであるジム・ヒューズ氏によれば、エンキャップが重点をおいているのは、産業用電力業界によるエネルギー使用量の削減および石油ガス業界の炭素削減だという。
最初のファンドは、米国電力業界の脱炭素化のみに焦点を当てると同氏は語った。
「過去10年間の進歩は全て電力業界で起きている」とヒューズ氏は述べた。
例えば、太陽光発電事業はかつて政府補助を受けていたが、コスト構造が大幅に変わった結果、もはやそうした支援は不要となっている、と同氏は指摘する。
ヒューズ氏によれば、エンキャップはファンド資金の45〜50%を既に投資済みだという。エンキャップの戦略は、ほぼゼロの状態から会社の構築を始めている経営チームを支援することだ。
「プライベートエクイティ・レベルのリターンを上げるには、ごく初期の段階から企業に関与するする必要がある」と同氏は語る。