執筆者:ダグラス・アペル
オーストラリア政府は、スーパーアニュエーションの制度改革によって退職後の貯蓄を最大化するうえで従業員がより大きな役割を果たすようになると期待しているが、業界関係者はメリットよりもデメリットの方が多いと懸念している。
昨年10月にオーストラリアの2021年度予算案で概略が説明され、今年7月1日に発効する同政府の「あなたの将来、あなたのスーパー(Your Future, Your Super)」改革は、資産運用者に制約を課し、表面上その支援が改革の明確な焦点となっている失業労働者にとって不利となる可能性が高い、とアナリストは警告する。
財務省が主催する市中協議の最終ラウンドで、業界関係者が規制当局に変更の要請ができるのは5月25日までだ。
現在の計画では政府の数多くの善意(長年にわたってアンダーパフォームしているスーパーアニュエーション・ファンドの排除や転職を繰り返す労働者による休眠退職口座の蓄積を防止するといった目標に向けた努力)が間違った計画や実行によって無駄になる可能性がある、と批判者は予測している。
現在、最大の焦点となっているのがバランス型のデフォルトファンド「マイ・スーパー(MySuper)」に年次パフォーマンス・テストを導入する政府の計画だ。これは、評価の高いオーストラリアの3兆豪ドル(2兆3,100億ドル)におよぶ確定拠出年金制度について、何ら基礎事項を学ぼうとしない労働者であっても、退職後に適切な受給額を当てにできるようするために8年前にスーパーアニュエーション・ファンドに導入が義務付けられたものだ。
現行の案によると、このテストに合格するにはどのマイ・スーパーファンドも、各ファンドの戦略的配分にしたがって設定されたパッシブ運用のモデル・ポートフォリオを、8年間の移動平均で年率49ベーシスポイント(bp)以上下回ってはならない。
マイ・スーパーファンドのパフォーマンスがこれを下回った場合、そのファンドのスポンサーは加入者に書面でその旨を伝え、加入者がパフォーマンスの上回るファンドに切り替えることを選択する場合は、競合ファンドを投資リターンと報酬率でランク付けしている新たな「比較ツール」を紹介しなければならない。
掛け金がリターンの低さを覆い隠す
政府が指摘するように、雇用者が給与の9.5%相当額を掛け金として従業員の年金口座に拠出ことにより、退職貯蓄口座の残高は着実に増え、投資リターンが標準を下回っても目立たなくなり、長期的には深刻な結果を生むこともある。政府によれば、例えばパフォーマンスが最も悪いマイ・スーパーファンドに加入する従業員は「退職時に最大98,000豪ドルも受け取り金額が少なくなる」という。
一方、2年連続でパフォーマンス・テストに合格しなかったファンドは、新規加入者の受け入れが許可されなくなる。
アナリストは、このテストが資産配分など退職貯蓄の運用結果を大きく左右する領域には触れていないと指摘する。
これはファンドがその戦略をうまく実行しているかどうかについての「極めて狭いテスト」であり、その戦略が加入者の長期的な運用結果の観点で有効かどうかではなく、管理運営事項に焦点を当てているのだ、とメルボルンを拠点とするフロンティア・アドバイザーズLLCの上級コンサルタントで、加入者ソリューショングループの責任者を務めるデービッド・カラザーズ氏は語る。
これは「極めて厳しい基準だ。49bpか50bpかで黒か白か、合格か不合格かに分かれる」とマーサー・オーストラリアのメルボルンを拠点とするパートナーで、年次の「マーサーCFA協会グローバル年金指数」の主任著者でもあるデービッド・ノックス氏は言う。
また、シドニーを拠点とし、退職給付額の改善を専門とする調査会社コネクサス・インスティテュートによれば、このテストは誰でもが扱えるようなものではない。同社執行取締役のデービッド・ベル氏は、同社の研究によると、提案されているテストでは35%の確率で「良い」ファンドが「悪い」と判定され、約半分の割合で悪いファンドが良いと判定されると語った。
一方、政府がマイ・スーパー専用のモデル・ポートフォリオに認定すると示唆した資産クラスのベンチマークは大まかのままであり、良く分散されたスーパーアニュエーション・ファンドの投資チームは非常に大きなトラッキングエラーのリスクに直面することになる。
ベンチマークは「我々のような精緻な戦略的アロケーションではなく、最上位の戦略的資産配分だ」とフロンティアのカラザーズ氏は言う。例えば債券であれば、「豪州債と外国債はあるが、社債、ハイイールド債、バンクローンがない」はるかに分散度の低いベンチマークだ、と同氏は語る。
同様に、このテストではポートフォリオがどの程度のリスクを取っているかは考慮されていない。「ベンチマークに対して50bpアンダーパフォームしているものの、リスクの水準も2%低い場合、リスク対比のリターンであるシャープレシオははるかに良い」が、その戦略は失格となる、とカラザーズ氏は指摘する。
そして、6〜7年の評価期間を引きずるため、パフォーマンスを改善するために適切な、または革新的な措置を講じるファンドは、何年もの間水面下から浮上することができない、とアナリストは指摘する。
リスク削減の背景
アナリストによれば、業界の大部分は、新たなパフォーマンス上のハードルをうまく乗り越えるために、必然的にリスク量を削減するよう動機付けられるだろう。
「あなたの将来、あなたのスーパー(Your Future, Your Super)」改革によって、「ファンドはポートフォリオの構築と運用の再検討を強いられており、結果としては彼らのリスクの取り方に影響するだろう」と、ブリスベンを拠点とする運用資産130億豪ドルのスーパーアニュエーション・ファンドであるLGIAsuperで最高投資責任者を務めるトロイ・リーク氏は述べた。
政府の目標は称賛に値するが「強い副作用の恐れがある。すなわち、このテストに基づいて、ファンドが加入者の長期的な投資成果につながらない行動を取ることだ」とカラザーズ氏は同意した。
アナリストによれば、ファンドを巡る環境がオーストラリア国民の退職準備に、幅広く影響を与える可能性がある。
「必然的に業界全体にわたってリターンが低下し」、結果として退職給付は減少するだろうと、ノックス氏は予想した。例えば、株価倍率が史上最高水準に上昇した際に、以前であれば株式市場へのエクスポージャーを減らすことで対応したであろう運用担当者が、そうすることのリスクが大きすぎると判断し、潜在的な下落リスクを軽減するよりも、下落の衝撃をまともに受ける形でポートフォリオを放置するかもしれないと、同氏は言う。
「上場株式をアンダーウエイトにすれば短期的には誤りとされるのであれば、健全で長期的な投資判断をすることもできない」とリーク氏は続けた。
「もしこの法案が通れば、5年後の業界は大きく異なったものとなろう。よりインデックスに追随し、インデックスに十分に組み込まれていないオルタナティブ資産の運用には消極的となるだろう」とノックス氏は述べた。
しかし、すべてのファンドが同じと言う訳ではなく、将来のどの時点でどれだけベンチマークを上回るようになるかどうかで、ファンド毎に異なってくるだろうと、リーク氏は言う。
パフォーマンステストを余裕でクリアできるファンドは、評価の確立した比較ランキングツールでトップ3の地位を確保することで、パフォーマンスの低いファンドからの移行を希望する参加者に簡単に選択されることになるため、より多くのリスクを取ることになるかもしれない、とカラザーズ氏は言う。
投資レビュー
スーパーファンドの出発時点が異なるとすれば、現在、すべてのファンドがそれぞれの投資アプローチを見直しているだろう。
「当社ファンドの大多数は、加入者向け投資戦略へ改革がもたらす影響について、大規模な分析を終えたか、現在途上にある」とカラザーズ氏は述べた。「認識しなくてはならないことは、影響が何で、どういったレベルのリスクがあり、あるいはどういった新たなリスクをもたらすかだ」と同氏は付け加えた。しかしながら、現在のところ、マイナス50ベーシスポイントの危険ゾーンに近いファンドが、アンダーパフォーマンスのフラッグを立てられるリスクを確実に減少させるべく、積極的に行動しているか、既に手を打っていると、同氏は付け加えた。
いずれにせよ、年次パフォーマンス・テストに使用されるベンチマーク・インデックスの最終リスト次第であり、諮問の最終1~2週間に予定される財務省への提出が焦点となろう。
ベンチマーク・インデックスに関して市場参加者は、オーストラリア国内の非上場のインフラならびに非上場の不動産を、テストでカバーする特定資産クラスとして追加するとのジョシュ・フライデンバーグ財務相による4月28日付けの更新情報を歓迎した。政府の当初発表ではグローバル上場インフラストラクチャー・インデックスに言及したのみで、国内のインフラや不動産に多大な配分を行っているオーストラリア国内のスーパーファンドが、大幅なトラッキングエラーのリスクに晒されることになっていた。
コネクサス・インスティテュート(The Conexus Institute)のベル氏によれば、このような国内のインフラや不動産のベンチマークが使用できることで、スーパーファンドの投資チームがトラッキングエラー縮小のためにエクスポージャーを削減する必要性から生じる年間機会コストは、ベル氏のチームが当初算出した33億豪ドルの大半を削減できる。とはいえ、リスクやアセットアロケーションを考慮しないパフォーマンス・テストが継続的に注目されることで、スーパーファンドは相当な課題に直面することになろうと、同氏は付け加えた。