執筆者:ソフィー・ベイカー
英国の上場規則を変更すべきとの提言はガバナンスの観点で好ましく、資本をロンドンに呼び込む正しい方法であるか否かについて、運用マネジャーや市場プレーヤーの意見は割れている。
3月に公表された「英国上場規則の見直し(U.K. Listings Review)」は、ジョナサン・ヒル卿を議長とし、英国が米国、アジア、および他の欧州諸国との「金融センターとしての激しい競争に」対抗できるようにするため、昨年11月に英国財務相によって立ち上げられた。同文書によると、ヒル氏は元欧州委員で、金融安定、金融サービスおよび資本市場連合を担当していた。
同文書の提言の1つが、業界情報筋のいう世界市場の「ゴールドスタンダード」である一株一議決権モデルから離れ、英国の「プレミアム市場」(FTSE100およびFTSE250に組み入れられる可能性のある企業)に、デュアル・クラス・ストラクチャーを導入することである。
ロンドンを拠点とするロイヤル・ロンドン・アセットマネジメントで責任投資の部長であるアシュリー・ハミルトン・クラクストン氏は、「われわれは、優れたガバナンスを強く支持している…(しかし)ロンドン市場に上場を呼び込むには大きな葛藤が存在する」。とりわけ、テクノロジー企業の場合、上場基準の緩い米国市場または香港市場に行く傾向があるため、と語る。
デュアル・クラス・ストラクチャーでは、会社は通常2種類の株式を発行する。1種類は1株当たり1個の議決権を有し、もう1種類は通常10〜20個の議決権がある高議決権または「スーパー」議決権を有する。
英国では、プレミアム・セグメントの上場銘柄は、金融行動監視機構(FCA)の原則により、議決権の異なる株式を発行することができない。
FCAは今回の提言に基づいて、特別買収目的会社(SPAC)の英国上場を妨げる障壁の撤廃など他の提案も含め、上場規則に加える可能性のある変更について協議を行う必要がある。
英国の上場規則変更については過去にも議論に上ることはあったが、現在はこれまで以上に見直しが時宜に叶ったものとなっている。2015年から2020年までの世界の新規株式公開(IPO)のうち、ロンドン市場は5%を占めるにすぎなかった。
「バランスが重要だ。ロンドンは資本を呼び込む必要があるが、優れたガバナンス基準も維持する必要がある」とハミルトン・クラクストン氏は述べる。
条件付きの変更
「英国上場規則の見直し」によれば、全ての変更は、投資家保護の導入など何らかの条件付きで行う必要がある。例えば、デュアル・クラス・ストラクチャーを導入する場合は、当該制度の適用期間を限定するサンセット条項を条件に付すことが考えられる。
保護や規定を付した上で規則の変更を歓迎する向きもあるが、業界関係者の多くはこの変更提案に反対している。
ロンドンの国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)のジョージ・S・ダラス政策部長は、「われわれも、ICGNのメンバーも阻止したいと考えている」と語る。
ICGNがデュアル・クラス・ストラクチャーに反対する理由は常識論から始まる。スチュワードシップ・コードは、「投資家に力を与え、投資家が善良で積極的なスチュワード(管財人)になるよう奨励することを目的としているが、デュアル・クラス・ストラクチャーは(そのオーナーシップ)を弱めることを明確な目的としている。投資家を力づけたいが、それは真の力ではないというのであれば、それは規制における統合失調症で、それこそ問題なのだ」とダラス氏は言う。
ロンドンを拠点とする、RPMIレイルペンのアクティブ・オーナーシップ担当シニア投資マネジャー、キャロライン・エスコット氏は、デュアル・クラス・ストラクチャーは「議決権上、優位な種類株を保有する少数株主が有利になるように議決権のコントロールを歪め、市場の規律とレイルペンのような少数株主が企業に説明責任を負わせる能力を弱める」と認めている。
約310億ポンド(429億ドル)の鉄道年金を運用するレイルペンは、セーフガードの提案については、同社も同様の要求をしていたため歓迎する。しかし、それでも「これらの新しい提案は、政府が最近の他のイニシャティブを通じて熱心に奨励してきた個人貯蓄にとって効果的なスチュワードシップを、長期投資家が実施することを困難にするだろう」とエスコット氏は電子メールで述べている。
ロンドンを拠点とする、年金生涯貯蓄協会(Pensions and Lifetime Savings Association)のジョー・ダブロウスキー政策副部長も、投資家がますます「プラスの影響を与える企業行動」を求めるようになり、これを英国の法律も求めるようになっていると強調する。提案された変更の導入は「後退であり、英国の高いコーポレート・ガバナンス基準に対する確固たる評価を落とすリスクがある」と同氏は電子メールで述べた。
説明責任の後退
上場規則改正は企業側の説明責任の後退も意味すると、ロンドンを本拠とするコーポレート・ガバナンスならびに株主助言会社であるペンションズ&インベストメント・リサーチ・コンサルタンツ Ltd.のスチュワードシップ責任者、トム・パウドリル氏は電子メールで述べた。「デュアル・クラス・ストラクチャーは、株主による異議申し立てから経営陣を守るために設計されており、前向きなガバナンスの成果に寄与するとは考えにくい」。
国連責任投資原則によれば、既存のルールを弱めることは「機関投資家の信頼を損なう」恐れがあり、「財政悪化など底辺への競争に世界が向かう懸念を強めるかもしれない」と、コーポレート・ガバナンスならびにリサーチ担当ディレクターであるアタナシア・カラナノウ氏は電子メールで述べている。
一部の運用マネジャーは同意
リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメントLtd. (LGIM)は、1株1議決権の問題について「原則通り」FCAを後押しし続けるだろうと、ロンドンを拠点とするインベストメント・スチュワードシップ担当ディレクター、サシャ・サダン氏は電子メールで述べた。
エジンバラを本拠とするアバディーン・スタンダード・ライフの英国株責任者、アンドリュー・ミリントン氏は(別の)電子メールで同意し、提言は「世界的な金融センターとしての英国の地位を強化する上で英国株式市場の重要な進展を表すものの、企業の英国における上場ならびに資本調達を奨励する施策は、高度のガバナンスとのバランスが取れていなければならない」と付け加えた。同社はデュアル・クラス・ストラクチャーの導入には「極めて慎重」であるものの、セーフガード提案は歓迎している。
もう一つの懸念は、運用マネジャーが現在手にしている「企業の取締役への良好なアクセス」は、デュアル・クラス・ストラクチャーの下では変化する可能性があると、ロイヤル・ロンドン・アセット・マネジメントのハミルトン・クラクストン氏は言う。「もし我々がFTSE100企業の会長と面談したいのであれば、断られることは極めて稀だ」。
他の市場での状況は異なる。米国のような市場では、証券取引委員会(SEC)規則が公開市場でのデュアル・クラス・ストラクチャーの利用を禁じていない。「上場規則の見直し」によれば、米国上場企業の20%が2017年から2020年にデュアル・クラス・ストラクチャーを利用しており、2016年の10%未満から上昇している。
アイディアに反対ではない
一方、他の運用マネジャー幹部は、条件付きであれば、英国のプレミアム株式指数採用企業へのデュアル・クラス・ストラクチャー導入に反対ではない。
「投資家が検討すべき重要な課題は、1株1議決権の原則は資本市場への参入コストと考えるべきか、それともガバナンスの目指す先と捉えるべきなのかだ」と、ロンドンのRBCグローバル・アセット・マネジメント (U.K.) Ltd.でグローバル株式担当シニア・ポートフォリオマネージャーを務めるジェレミー・リチャードソン氏は言う。
株式公開は事業の成熟を示す。「他の株主に自社へ参加することを認めて、非公開から公開に移行することは、企業の成長に伴う自然な発展の一段階である」と、リチャードソン氏は述べている。
投資家は新規企業に投資することで、分散効果を高めることも可能である。同氏は1株1議決権の概念は「ゴールドスタンダードとして維持されるべき」だと考える一方、「状況により、多議決権株式の発行を、特に企業創業者に対しては認める余地がある」とした。
デュアル・クラス・ストラクチャーは、長期保有の観点から「事業精神、企業目的、企業文化の牽引役」である企業創業者を取締役会に留めることが可能で、企業が成熟し公開企業となる中で、企業、創業者双方を利するものだろう。「一方、ここで重要なことはサンセット条項の存在と活用だ」とリチャードソン氏は述べた。
すべての多議決権株式は常に創業者の手中にあるが、贈与や遺贈以外の理由で一旦手放されれば、通常の議決権株式に戻るとする条項が重要であると、同氏は付け加えた。
ニューヨークを拠点とするフォントベル・アセット・マネジメント傘下の優良成長株専門運用会社で環境・社会・ガバナンス(ESG)投資責任者を務めるスディール・ロックセネット氏は、条件が必要であることに同意する一方、提案はデュアル・クラス・ストラクチャーを、投資家が「許容可能なリスク」の範囲に収めたことで「新鮮な考え方」だと述べた。
しかし、もし投資家が許容可能なリスクだと考えた場合、投資家が支配株主の目標を見通し、「内在するリスクに対する潜在価値を評価できる」ことが重要だ、と同氏は付け加えた。
全体として「支配株主の達成目標を一般株主が理解できている限り、デュアル・クラス・ストラクチャーは長期的に見て悪いものではないと感じている。例えば、極めて景気の影響を受けやすい或いは経営状態の悪い事業ほどの大きなリスクはないと、我々は考えている」とロックセネット氏は述べた。
シュローダー PLCのグループ最高経営責任者(CEO)であるピーター・ハリソン氏は、同社ウェブサイト上の3月4日付けの告知で、同社は「ヒル卿の見直しを全面的に支持する。企業が上場し投資家のために事業を行う上で、英国を最も魅力的な市場とするために我々が出来ることは何事も行うことが肝要だ」と述べた。
同氏は、「最高水準のガバナンスを確保しつつ、企業と英国経済の成長を支える」ことのバランスが必要だ。「ヒル卿の見直しはそのバランスを達成している」と述べ、本件の公表は「革新的で先駆的な企業が少しでも多く英国で上場されることを促進するだろう」と付け加えた。