執筆者: ダグラス・アペル
コロナ危機の発生から1年が経ち、アセットオーナーの間ではワクチン接種プログラムが今年はさらにリスク資産に活気を与えるとの幅広い合意があるが、コロナ禍のポートフォリオ構築に対する長期的な影響については合意形成に至っていない。
とは言え、短期的な見通しは明るいようだ。
ワクチンの継続的な普及は、米国や欧州の家庭がロックダウンを脱するのに伴い、年央にかけて世界経済の回復に寄与するだろう、とロンドンを拠点とするマーサー・インベストメンツの資産配分責任者であるルパート・ワトソン氏は予想している。「私の知る限り、誰もが休暇に出掛けるにせよ、バーに行くにせよ、友人と旧交を温めるにせよ、親戚を訪ねるにせよ、外出して、やるべきことをしたがっている」。過去1年にわたり貯蓄が積みあがっていることから「世間の人々には実行に移すためのキャッシュがある」と彼は語った。
インフレ圧力の持続的な上昇の可能性といった先行き不安がないわけではないが、いまのところ可能性は小さいままだ。
「バリュエーションはやや気掛かりだが、景気回復と(金融・財政)政策による支援が今年を左右するだろう。結果的に、我々は顧客ポートフォリオで株式ウエイトが過多気味になっている」とワトソン氏は述べた。同氏は欧州におけるマーサーのアウトソースCIO(OCIO)サービスの顧客向けにタクティカル資産配分の決定を監督する立場にある。例えば、顧客の株式へのタクティカル資産配分が50%に設定されている場合、「現在の株式配分は実際には54%となっている」と同氏は語った。
多数のベテラン市場参加者は、今後、長期的にはポートフォリオ構築にかなりの変化が生じると予想している。それはパンデミックやそれによって引き起こされた政策対応により、アセットオーナーは新たでより複雑な環境へと先導されたからである。
「債券の市場安定期(グレートモデレーション)」が終焉を迎え、グローバル化が頂点に達し、政府が積極財政型経済政策を採用する中、ポートフォリオ構築については、機関投資家は数十年に一度の「新たなパラダイムへの転換期」を経験している、とメルボルンの運用資産1,709億豪ドルを擁する豪フューチャー・ファンドの最高投資責任者(CIO)であるスー・ブレイク氏は述べている。
ニューバーガー・バーマン・グループで、ニューヨークを拠点とするマネージングディレクター兼マルチアセット運用のCIOであるエリック・L・クヌッツェン氏は(ブレイク氏に)同意し、「我々は、深刻な落ち込みを伴う従来の経済サイクルの単なる延長ではなく、新たな経済サイクルの只中にあると同時に、新たな投資環境にあると言える」。新たな投資環境は、「我々の見解では、経済成長および金利への逆風、そしてインフレ懸念といった特徴を持つ」と語った。
業界筋の中には、パンデミックが金融市場以上に影響を与えていると指摘するものいる。
より大きな問題は、大学基金、財団、医療機関といった法人ユニバースのセグメントで作られる「ビジネスモデル」そのものについて、コロナウイルスが問題を提起しつつあることである、とワシントンDCを拠点に退職年金資産396億米ドルを運用するICMA-RCの投資委員会委員長を務めるシンシア・ステア氏は述べた。
例えば、4年間の対面授業が大学の基準でなくなったら、大学基金の運用方法や運用先が変化するだろう、とステア氏は指摘する。「ほとんどの投資委員会にとって、このビジネスモデルの変化は、今のところ八方塞がりの状況で、本当のストレスはここにある。おそらく、この問題は、より大きな理事会や財務委員会には十分理解されないだろう」と同氏は付け加えた。
再構築
業界筋では、アセットオーナーがパンデミック関連の課題への対応に忙殺される時期を経た後、今年はポートフォリオ再構築の波がやって来そうだという人もいる。
ポートフォリオ構成の見直し需要がコロナで遅れたことから、今後1年にわたり「運用機関を探す動きの大幅増加」に拍車がかかるだろう、とコネチカット州ハートフォード所在の医療グループ、ハートフォード・ヘルスケアのCIOのデビッド・J・ホルムグレン氏は予想する。アセットオーナーは「フェッドと争う(米金融政策に逆らう)」ことは勝ち目のない問題だとする一方、ポートフォリオ見直しを先送りしてきた。しかし、昨年のパンデミックに対応して連邦準備制度が大規模緩和政策を採ったことを受け、「金利低下や大型株に賭けるベータ・トレードは、もはや安易な取引ではない」ことをアセットオーナーはより強く感じているようだ、と同氏は続けた。
普通の投資家が、米国株に60%、米国債に40%配分することで、ハーバード大学やエール大学といった知名度の高い基金を10年以上にわたって常に上回ることが出来た時期を経て、パンデミック後の投資環境では、投資家はより多くの投資機会を点検することを強いられ、その運用結果もばらつきが大きくなると市場参加者は予想している。
数十年にわたる株と債券のスーパーサイクルは、より多くの「けん引役」を要する投資環境に道を譲り、投資に対するよりきめ細かなアプローチが求められるようになるだろう、とブレイク氏は述べた。
ブレイク氏のフューチャー・ファンドは、過去7~8カ月で多くの新たなアセットクラスを追加してきた。同氏は、詳細までは語らなかったが、「我々はビッグプレーヤーだが、追加した市場は常に流動性があるわけではないため、こういった市場での投資はとても大変だ」と説明した。
今のところ、ポートフォリオの微調整に際して、少な目ではなく多めに行っており、こういった劇的な変化の時期にあって「漸進主義は敵だ」とブレイク氏は述べた。「最もしてはならないことは、異なる投資環境で最適だったモデルで運用を継続することだ。」と同氏は付け加えた。
「現在、我々がいる環境に適切に分散されたポートフォリオエクスポージャーを求めて、ますます努力しなければならない。と言うのも、これまで我々のポートフォリオの保険として役立っていた債券が、その機能を終えているからだ」とブレイク氏は述べた。
ニューバーガーのクヌッツェン氏は、同氏のチームも顧客と協働して、現在国債で得られる以上の安定したインカム水準を、ハイイールド債、バンクローン、新興市場デット、ローン担保証券(CLO)、キャットボンド(大災害債券)、プライベート・クレジット、その他を活用して確保しようとしている。目標は「可能な限りインカム収入でリターンを確保し、値上がり益に一喜一憂しないで済む」顧客向けポートフォリオの構築だ、と同氏は述べた。
躊躇が残る
一方、米国株のバリュエーションが高く見え、国債がもはや大きな利回りをもたらさないことを認めつつも、主要資産クラスが天井や底を打ったという想定に基づいて資産配分を大きく変更することにはまだ躊躇している、と語るアセットオーナーもいる。
ボストンのマサチューセッツ州年金基金投資運用委員会(PRIM:運用資産800億ドル)で専務理事兼CIOを務めるマイケル・G・トロツキー氏は、「投資哲学として、主要資産クラスが天井や底を打ったいう大きな変化を信用していない。われわれは変更を段階的に行う。もし特定の年に大きな変更を行うなら、それは戦術的でありうまくいかない可能性もうまくいく可能性と同じくらいある。」と語る。
とはいえ、トロツキー氏は現在世界中にあふれている財政・金融刺激策が債券の分散効果を弱めたことを認め、PRIMの投資委員会は他の分散効果のある資産を探しており、今年は「ヘッジファンドを再度慎重に検討する可能性がある」と語った。
メルボルンを拠点とする運用資産約1,400億豪ドルのオーストラリア確定拠出型年金(スーパーアニュエーション)、アウェア・スーパーも昨年からアロケーションを大きく変更していないと、同ファンドの投資戦略チーム・エコノミスト、デービッド・グッドマン氏は語る。
経済の不確実性が高まっているものの、変わらないこともある。「引き続き株式がわれわれのポートフォリオを支え、リターンを生み出すと考えており」、ヘッジとして従来ほど有効ではなくなったとしても、「引き続き債券がポートフォリオに分散効果をもたらすと基本的には考えている」と同氏は述べている。
同氏は、一年前のパンデミックによる市場急落時に、マイナス利回りのドイツ国債の保有者は、ポートフォリオの利回りはさらに大きなマイナスになったことによって国債の分散効果の恩恵を受けた、と指摘する。
1月31日現在、アウェア・スーパーの最大のファンド(バランス成長運用既成選択型)のアロケーションは、豪州および海外の株式が37.1%、国債が15.6%であり、オルタナティブ資産、クレジットおよび現金が残りを占めていた。
新型コロナウイルス以前で直近の会計年度である2019年6月30日時点における、上記ファンドのアロケーションは、株式が37%、国債が20%であった。
一方、ロンドンを拠点とする運用資産199億ポンド(279億ドル)の年金資産運用会社ローカル・ペンション・パートナーシップ(LPP)のリチャード・L・トムリンソンCIOは、昨年同氏のチームはポートフォリオ配分に微修正を加えたものの、戦略的には大きな変更は行っていないと語った。
世界市場がシステミックリスクの脅威に直面すれば、経済政策当局者は経済を支えるために必要なあらゆる手段を取ることがほぼ確実であり、そうした状況でリスクを回避すべきでないことを2008年(世界金融危機時)に学んでいたため、パンデミック危機が最も深刻な時期に株式と社債のアロケーションを若干増やした、とトムリンソン氏は語った。
同氏によれば、LPPの名目リターン目標は短期金利を4%ポイント上回る4%〜5%であり、ハイクオリティ債は「かなり昔」にポートフォリオから外され、株式リスクを多く抱える財団・大学基金のようなポートフォリオになっているという。
今後1年から1年半にかけて、ワクチン接種が進むことにより世界中でロックダウンが終了し、世界的な消費回復に火が付くと多くの投資家が予想していることから、株式へのアロケーションが有利な環境が継続すると期待している。
イノベーションが大きく躍進
ロードアイランド州プロビデンスに本拠を置き、運用資産76億ドルの確定給付型年金を擁するテクストロンでアシスタント・トレジャラー兼CIOを務めるチャールズ・バンブリート氏は、「新型コロナウイルスは、過剰な投資資金が流入する一方で、フィンテック、ヘルスケアテクノロジー、およびバイオテクノロジー企業が大きく躍進するという興味深い状況を生み出した」と指摘する。
同氏は、過剰な投資資金の一部はゲームストップ株やビットコインに向かっている可能性もあるが、遺伝子研究、遠隔医療サービス、フィンテックなど真に革新的な創造を推進する企業にも向かっていると指摘し、今後1年半はリスク資産のウェートを下げるべきではないと付け加えた。
フューチャー・ファンドのブレイク氏も同意見であり、「現在投資されている資金の規模から、これらのイノベーション関連の投資が突然終わりを迎えることはありえず、フル投資を維持すべきだ」と語る。
同時に、フューチャー・ファンドのチームはこれらの新しい投資セグメントは、急激なボラティリティの変動にはより脆弱だろうと見ている。
「市場がより脆弱(高ボラティリティ、不透明とは異なる)な環境下では、その脆弱性が投資の機会を生むため、資金的な余裕とポートフォリオを組み替えることができる柔軟性が必要だ」とブレイク氏は言う。
フューチャー・ファンドはこの柔軟性を維持する手段として、12月31日時点でポートフォリオの19.8%(338億豪ドル)を現金で保有していた。
マーサーのワトソン氏も同様に、パンデミックの影響のひとつは、予測不能なことがあることを人々に思い出させたことであり、その結果、ポートフォリオをより分散させ、必要であれば迅速に投資を実行できる態勢にしておく必要性が出てきたと指摘する。
経済成長とインフレ圧力が今後1年から1年半の間に強まるというのがコンセンサスの取れた予想であるとすれば、中期的な見通しの方ははるかに不透明であり、低成長の「長期的な停滞」に戻ると予想する向きが多い。
アウェア・スーパーのグッドマン氏は、短期的には抑圧されていた需要が解放されて経済活動が爆発的に増加するなかで、インフレが発生するのは極めて明らかだが、市場や世界経済の中期的な回復にとっては、経済活動が急拡大した後でも、高いレベルの成長を維持するのに十分な財政政策が継続されるかどうかかが「重要な問題」だと指摘した。
ニューバーガーの基本シナリオでは「リフレは1年から1年半を超えては持続しないが、それが今後2〜3年間で投資家の間に大きな差が出る最大の要因となる」とクヌッツェン氏は述べた。