執筆者:ソフィー・ベイカー
ソブリン・ウエルス・ファンド(SWF)と資産運用会社間のダイレクトレンディングに関するパートナーシップは、公的基金がダイレクトレンディングの投資機会にアクセスし、公開市場が割高に見える地域へのエクスポージャーを維持するための巧みな方法になりつつある。
SWFにとって、プライベート市場戦略に資本を投入することは目新しいことではないが、業界情報筋によれば、昨年の3つの取引の構造は特に興味深い。
9月には、運用資産2,322億ドルのアブダビ首長国のSWF、ムバダラ・インベストメントがベアリングスLLCと提携し、(合弁会社である)ベアリングス・ムバダラ・エンタープライズを通じて欧州の中堅企業に融資を行った。
ベアリングスの親会社である米大手生保マスミューチュアルと投資を行うこのパートナーシップは、今後18ヶ月間で35億米ドルの融資を目指している。
今回の合意に先立ち、ムバダラと米大手投資ファンドのアポロ・グローバル・マネジメント間の融資組成プラットフォームを目的とするパートナーシップとして、「アポロ・ストラテジック・オリジネーション・パートナーズ」が設立された。このプラットフォームにより今後3年間で約120億ドルの融資が見込まれている。10億ドル規模の案件を対象としており、グローバルに案件のオリジネーションを行い、大手企業への大規模な融資を目指す。
9月にはまた、ドーハのSWF、カタール投資庁(QIA)がクレディ・スイス・アセット・マネジメントと数十億ドル規模のダイレクトレンディング・プラットフォームを設立した。同プラットフォームは米国と欧州の中堅上位および大企業向けの第一順位抵当権ならびに第二順位抵当権の融資に重点的に取り組んでいる。QIAはクレディ・スイス・グループAGの大株主だ。
ムバダラとアポロの広報担当者からのコメントは得られず、またクレディ・スイス・アセット・マネジメントとベアリングスの広報担当者はコメントを控え、QIA の広報担当者はコメントの要請に対してまだ返答はない。
政府系ファンドは過去にダイレクトレンディングなどの難しい資産クラスに直接投資しようとしてきたが、SWF国際フォーラム(IFSWF)の調査によると、「リソースの確保が難しいことが分かった」と、ロンドン所在の同フォーラム戦略・コミュニケーション担当ディレクターであるヴィクトリア・バーバリー氏は述べている。「こうしたプライベートレンディングに関するジョイント・ベンチャーは、ほとんどが新たな共同投資だ。政府系ファンドは、これまであまりやったことのない新しい資産クラスについて学ぼうとしているが、市場へのアクセスが少なく、その分野での案件量も少ない。力関係が若干異なるGP/LP型ではなく、こうしたピアツーピア型のストラクチャーを構築することは、彼らにとって有益だ」とバーバリー氏は語った。
SWFは「以前はダイレクトレンディングには特に積極的ではなかった」とIFSWFロンドンのデータ・分析部門責任者であるエンリコ・ソドゥ氏は述べた。このため、パートナーシップの構築は「10年前に見られたようなものではなく、異なる資産クラスに参入するには、ある程度安全な方法となっている」とバーバリー氏は付け加えた。「こうした構造の変化は、このようなファンドがより洗練されてきたことを示していて興味深い」。
新しいものではない
資産運用会社とのプライベート・クレジットに関するパートナーシップに乗り出すことは、例えばカナダの一部の大規模年金基金にとっては目新しいことではない。2016年には、モントリオールの公共部門年金投資委員会(PSP Investments)が、アルバコア・キャピタル・グループの欧州クレジット・プラットフォームに5億ユーロ(6億900万ドル)のシード投資を行った。
SWFにとってのダイレクトレンディングやプライベート・デットの魅力は、他の機関投資家とほぼ等しく、「変動の大きい上場株、割高な未公開株や債券投資が難しい環境下で、投資分散と高利回りを得られる」と、SWFと公的年金基金を追跡調査するグローバルSWF社のニューヨークに拠点を置くマネージング・ディレクターであるディエゴ・ロペス氏は述べた。
ムバダラとベアリングス、およびQIAとCSAMのパートナーシップがヨーロッパを重視している点については「ファンダメンタルズの観点から、ヨーロッパに対するエクスポージャーを一定程度は持ち続けたいという願望を示している」とIFSWFのバーバリー氏は述べている。
欧州の株式市場は堅調に推移しているが、まだかなりの高値であるため、プライベート・デットやプライベート・エクイティを通じて同地域へのエクスポージャーを得ることが、より魅力的なルートになるかもしれない、と彼女は語った。
そしてもちろん、コロナウイルス関連の機会もある。「平時であればロックダウン中にビジネスとして成り立っている企業はたくさんあるが、今はそうではない。ディストレスには至っていないが、コロナウイルスの影響を受けている企業への融資機会がある」とバーバリー氏は付け加えた。
ダイレクトレンディング市場は、昨年の第2四半期にコロナウイルスのパンデミックの痛手を受けたことから、他の市場と並んで減速に見舞われた。デロイトLLPのオルタナティブ・レンダー・ディ―ル・トラッカー(Alternative Lender Deal Tracker)によると、第2四半期の欧州の案件量は、2019年の同時期と比較して58%減少したという。
しかし、デロイトによると昨年第1四半期の案件数は、2019年第1四半期比12.2%増と過去最高を記録した。そして、昨年の第3四半期には、欧州全域に規制緩和がもたらされ、案件数は前年同期比で30%増加した。今後の見通しとしてデロイトは、今年の第1四半期までに、ワクチンに関する前向きな動きがダイレクトレンディング市場へ影響を与える可能性は低い、と述べている。
バリュエーションの拡大
ファンドマネジャーは、ダイレクトレンディングが今後もビジネス機会を提供してくれると期待している。ニューヨークのJ.P.モルガン・アセット・マネジメントのオルタナティブ部門のグローバルヘッドであるアントン・ピル氏は、「中央銀行がダイレクトレンディングに関わることに非常に消極的なため、相当のチャンスがある」と述べている。「1年ほど前のパンデミック前には、プライベート・クレジットのバリュエーションを心配していたが、再上昇している」。
また、パートナーシップを通じた投資は、SWFが、「単独ではできなかったパートナーの販売能力を活用できる」ことを意味していると、ロンドンに拠点を置くインベスコの公的機関責任者であるロッド・リングロー氏は述べている。「つまり、オリジネーターと資本提供者の双方にメリットがある」。
債務不履行など、ダイレクトレンディングに関連する潜在的なリスクや損失について、リングロー氏は、こうしたパートナーシップは、「幅広い融資先にまたがって投資を行っているため、おそらくそれを全体のプールとして見て、個々のローンではなく、全体のプールからのリターンとして認識することで、この問題の説明ができるのではないか」と考えていると述べている。
ソブリン・ウェルス・ファンドや公的年金基金が、「デフォルトリスクを伴うデットへの投資機会をさらに追求する」と予想していると、グローバルSWF社のロンドンのダニエル・ブレット調査・データ部長は10月のニュースレターで述べている。
しかし、「大勢の投資家があまりに早く資本を投入し、競争の過熱により投資機会を逃すことになり、バリュエーションが魅力的でなくなる」リスクもある。とはいえ、公的機関投資家は学習が早く、今後の市場をリードするのに十分な資金力と洗練さを持っている」と同氏は述べている。
しかし、ダイレクトレンディング・パートナーシップの創設は、ソブリン・ウェルス・ファンド全体に対する投資機会にはならないだろう。「78のSWFの中で、そのようなの能力を持つのは6~10の大規模なSWFのみである」とバーバリー氏は付け加えた。