執筆者:ソフィー・ベイカー
新型コロナウイルスのパンデミックの結果、世界の市場はジェットコースターのような動きをし、積立水準が短期的ではあるが大幅に低下する局面があったにもかかわらず、退職年金は十分な投資リターンを上げて2020年を終えた。
業界情報筋によると、オーストラリア、カナダ、日本、オランダ、スイス、英国、および米国の退職年金市場主要7カ国を分析した結果、企業年金はオーストラリアの確定拠出型年金(スーパーアニュエーション)の3.5%から米国の年金基金の14%まで、さまざまなリターンを上げたことが判明した。
新型コロナウイルスのパンデミックとその感染拡大を抑制するためのロックダウン(都市封鎖)が相当こたえたため、株式市場は3月に下落した。S&P500指数は3月23日までに35%近く下落した。
しかし、3月の株式市場の混乱によって積立水準が約10%ポイント低下した年金基金もあり、株価の下落は年金基金に財政面での打撃を与えたものの、株式市場はその後年間を通して急反発し、S&P500指数は年初来18.39%のリターンで2020年を終えた。その影響から、積立水準は少なくとも2020年初頭の水準近辺まで回復し、中にはそれを超えたケースもあった。
情報筋によると、株式市場が混乱した結果、これらの企業年金では資産配分のリバランスが行われたが、プランスポンサーは下落する積立水準とソルベンシー比率の監視を余儀なくされ、眠れぬ夜を過ごしたという。
米国
企業年金の推定リターンが約14%であった米国でも、年金基金は積立水準で苦戦した。
ウィルシャー・コンサルティングの計測によると、米国企業年金の2020年年初の平均積立水準は87%であったが、第1四半期に危機が頂点に達した時点で80%まで低下した。しかし、カリフォルニア州サンタモニカ所在の同社スティーブン・J・フォレスティ最高投資責任者(CIO)兼マネージングディレクターによれば、年末にはほぼ87%近辺まで回復したという。
フォレスティ氏によると、公的年金の2019年末時点の積立水準は74.8%であったが、パンデミックのピーク時には63%まで「大幅な下落」をしたあと回復し、2020年末には78.5%と年初の水準を上回ったという。
特にクレジット取引は困難かつコスト高だった。フォレスティ氏は、「3月と4月はこの流動性の欠如とコスト高の中、リバランスの遂行に努める日々となった。実行するのは言葉で語るよりも難しい。将来の見通しが不透明な状況で価格が急落した資産を買うときは、行動論的なバイアスやリスクも関わってくる。しかし、われわれのクライアントほとんど全てが計画に従い、リバランスは必要な範囲内で実行された」と語った。
しかし、今後の見通しはそれほどバラ色ではない。市場回復の主な推進力は「経済活動に生じた穴を埋めるため」の政府と中央銀行による景気刺激策だった。しかし、「将来に目を向ける時が来たが、将来のリターンはある程度織り込み済みだという見方もある」とフォレスティ氏は語る。さらにリスクを増やして得られるリターンに対する期待は極めて低く、「積立水準は改善したが、今後も困難が予想される」と同氏は言う。
「雇用主による掛金拠出も今後予想される困難のひとつだ。業界によっては、景気の減速(および他の要因)でプランスポンサーの予算に何らかの支障が生じる」と言う。
パンデミックが企業に与えた影響には「大きな差」があり、これが「掛金を拠出するプランスポンサーの体力に多大な影響を与える。一般化するのは困難だが、大きな影響を受けた業界に属する企業により多くのストレスがかかっているのは間違いない。プランスポンサーが航空会社である場合と、ハイテク業界の中心にいる巣ごもりの生活を容易にする製品やサービスを提供する企業である場合とでは、話はかなり違ってくると想像する」とフォレスティ氏は言う。
カナダ
カナダの年金もまた将来のリターンの必要条件を充たす検討をしている。
ラッセル・インベストメント・カナダでトロントを拠点としカナダ機関投資家部長を務めるアンドリュー・キッチン氏によると、「債券の予想利回りが低い一方で、積立不足リスクのコントロールを強化する必要があることから、多くのプランスポンサーが投資方針全体の改正と戦略の見直しを行っている」という。カナダ国内株式から海外市場および新興市場へのシフト、プライベート・デット、インフラ関連などの新しい資産クラス、およびクレジット投資やグローバル・エクスポージャーの拡大による債券投資の分散化などが共通するテーマだ。
これらの企業年金はまた、積立比率が低下し再度上昇するのを見てきた。キッチン氏によると、カナダの仮想年金基金ソルベンシー比率を表すラッセル・インベストメント年金ソルベンシー・インデックスは、3月に81%へ低下した後に回復し、年末には2019年末の水準94%を上回る98%となった。
典型的な株式60%/債券40%の典型的な配分を行うカナダの年金基金は、カナダ国内株に運用資産の20%、外国株に40%、カナダ国内債券に40%を配分し、2020年のリターンが約10.5%だった。しかし、よりデュレーションの長い債券を使い、カナダ国内株に15%、外国株に45%、カナダ国内の長期債に40%を配分したとすれば、年金基金の昨年のリターンは12.5%になったという。キッチン氏によれば、これは長期債が11.9%ものリターンを上げたからだ。
「しかし、パンデミックによって市場が昨年の春に暴落した結果、債券利回りが低下したことにより、年金基金の健全性は試練を迎えた。大半の年金基金で、こうした利回りの低下により年金債務が大幅に増加し、資産側で増加したリターンのかなりの部分が相殺された。われわれは多くのクライアントに協力し、年間を通じてクライアントのポートフォリオをアクティブにリバランスした」とキッチン氏は語った。
オランダ
オランダの年金基金は2020年通年で推定8.2%のリターンを上げたと、オランダ北部アムステルフェーン所在のマーサーでプリンシパルを務めるエドワード・クリフスマン氏は述べた。「2020年2月後半と3月初旬は最も困難な時期で、リスク資産は最大の下落を示した。オランダの年金基金のソルベンシー比率は第1四半期に急激に低下した」が、リスク資産の回復を受けて、その後の3四半期でやや改善した。平均的なオランダの年金基金の積立率は、2019年末の104%から2020年末には100%まで下落した。
オランダの規制では、年金基金は少なくとも概ね104%~105%のソルベンシー比率を求められているが、同国の社会問題省(Ministry of Social Affairs)は、新たな退職制度への移行を円滑にすべく、本規則を2019年に修正し最低比率を90%とした。社会問題相は昨年12月に、90%の足切り比率は2020年末にも適用されると述べ、ソルベンシー比率が90%未満の企業年金基金は年金給付額を削減することを余儀なくされる。
ほとんどのオランダの年金基金は、資産が特定のトリガーに達したらリバランスする方針に従ってきた。「後から振り返ってみると、リバランスは極めて有益だった。ほとんどの基金はその時点で債券ポートフォリオを縮小しており、(投資方針に沿って)株式ポートフォリオを配分範囲内に戻すべく増加させた。」とクリフスマン氏は述べた。
その後、リスク資産は昨年末まで上昇を続け、「基金の中には第4四半期に配分範囲の上限に達し、現在は逆のリバランスを行っているところもある。リスク資産を売却し、売却代金は負債マッチング・ポートフォリオや債券ポートフォリオに再投資されている。」と同氏は言う。
英国
英国年金保護基金7800指数(PPF 7800 index)がカバーする英国の企業年金も、積立率が大きく変動していた。基金全体の積立率は2020年初の98%から3月末には92.5%に低下し、その後年末には95.5%までやや回復した。
多くの年金基金は「新型コロナウイルスの影響は大きくないが、母体企業が困難に陥ることと併せ、積立率の低下を憂慮する基金がみられる」一方、同時に雇用者拠出に関する再交渉が必要となる年金数理評価を実施する基金もみられると、英国マンチェスター所在のマーサーでパートナー兼主任年金数理人を務めるチャールズ・クローリング氏は述べた。
同氏は英国の年金基金の2020年のリターンは、約9%と推定した。
スイス
とは言うものの、7市場すべてが2桁に迫るリターンを達成した訳ではない。
職域年金サービス企業であるFCTが抽出したスイス年金基金は中央値で4.12%のリターンを上げたと、チューリッヒ在住の(FCTの)主要顧客上席担当者であるダニエル・ブラッター氏は述べた。これらの基金は「コロナ危機が勃発し最大の打撃を受けた3月に予想した以上に、現在は良い状況にある。」と同氏は言う。
平均的なスイス年金基金は2020年末時点で約113.3%のカバレッジ比率となり、年初の約109.5%から上昇したとブラッター氏は述べた。同国の年金基金は、昨年2月と3月でほぼ900億スイスフラン(940億米ドル)のキャピタルロスを被り、積立率は100%を割り込む日があり、3月末には約101.7%になったと、FCT幹部は推計している。
グローバル株式、不動産ならびにスイス株式はパフォーマンスに最大の寄与をもたらしたが、「その他のあらゆる主要な資産クラスにわたって、2020年のパフォーマンスにプラスの寄与が見られた」と同氏は付け加えた。
2020年に迅速な回復とプラスのリターンを上げたことは、「多くの年金基金が課題を克服し、将来の給付の割引に用いる予定利率を引き下げた」ということだとブラッター氏は言う。とは言え、主にスイス国債がマイナス利回りで停滞していることの課題は残る、と同氏は付け加えた。
日本
ラッセル・インベストメントもまた、日本国内の顧客ポートフォリオの多くを目的に沿ったアロケーションに維持すべく「積極的にリバランスしている」と、ラッセル・インベストメントの東京ベースのコンサルティング部門ディレクターである喜多幸之助氏は述べた。
日本のほとんどの年金基金は年度で評価されるため、「2020年3月末時点ではコロナ禍の影響が残った」と喜多氏は言う。予測給付債務(PBO)ベースで基金の積立率は3月末で97%であった。「しかし、その後の株価の上昇で積立率は改善し」、2020年初めに推定した104%を上回る、推定107%となった。
「突然の株価上昇」でリバランスのために株を売り始める基金もあり、リバランスは今も続いていると同氏は述べた。
ラッセル・インベストメント幹部の視界には、2021年は東京証券取引所の改革を含むいくつかの進展が入っている。具体的には、取引所の区分(部/市場)を5から3に削減、コーポレートガバナンスコードの改定、「米中のパワーバランスを投資の意思決定にどのように反映させるか」だと喜多氏は付け加えた。
オーストラリア
7市場の最後はオーストラリアだ。スーパーアニュエーションは2020年に3.5%の推定投資リターンを上げた。「全般的には、2月20日から3月末まで約12%下落し、その後9か月はリターンを計上した」と退職年金業界に特化したスーパーレーティングズ社のシドニーベースの最高経営責任者であるカービィ・ラッペル氏は述べた。
このリバウンドは国内株式ならびに外国株式に牽引された。「主な課題は、何が市場を動かしているのか、いつまで続くのかを誰もが知りたがっていることだ。同時に、長期的な見通しに注目している投資家は2021年から先を見ている」とラッペル氏は言う。
債券とキャッシュは引き続き難題で、特に11月は0.02%、年間で0.6%のリターンとなったキャッシュは、当面改善しそうにない。
とは言え、特に2018年の0.6%の投資リターンに比べれば、「3.5%のリターンは全く悪くない」。2019年には、スーパーアニュエーション・ファンドは14.7%の推定リターンをあげた。また同ファンドは通常インフレ率プラス3%を長期的な目標としており、「9か月前の大混乱を経て、年間では長期目標からそれ程遠くない結果となった」と、ラッペル氏は付け加えた。